最後の試練-1

25/40
前へ
/40ページ
次へ
駅に着き、タクシーが止まる頃には、私は徐々に落ち着きを取り戻していた。 料金を支払おうと、室長から渡された袋の中から封筒を取り出した。 中には3万円が入っていた。 このタクシー代と私の実家までの電車賃を考えてもかなり多い金額だった。 私は中から一万円札を出して運転手に渡し、おつりを受け取った。 タクシーを降りて、立ち止る。 封筒の中にはお札と一緒に一枚のメモ紙が入っていたのだ。 中から出したメモ紙には、見慣れた室長の文字が並ぶ。 急いで書かれたことが一目でわかった。 『駅前で洋服を買いなさい。そのままじゃ風邪を引く。』 室長…。 多目に入れてくれたお金はこのためだった。 私は室長の言うとおりに駅前の店に入り、安いワンピースを買った。 店員さんも私の姿に察してくれ、店内で着替えをした。 それから駅に向かい、電車に乗った。 心は渉さんに向いているのに、 離れていく私はどうかしている? 今すぐに戻って好きだと伝えればいい…。 でも… 私は気付いてしまった。 恋愛偏差値ゼロの私が。 好きな人の前では 女は意地になったりもするってこと。 本当は今すぐにでも会いたいのに… 本当はすぐにでもすがりたいのに… 迎えに来てくれるのを期待してしまう。 私は怒ってるのよって演じてしまう。 本当は… とっくに許してるのに。 電車の車窓。 流れる景色。 今度は渉さんを想って涙が流れた。 渉さん… 早く私を見つけて。 私が本当に必要なら… どうか私を迎えに来て。 ねえ、渉さん。 今夜は私をあげるって… …約束したでしょ。 涙を拭きながら 心の中では何度も何度も 渉さんを呼んでいた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2269人が本棚に入れています
本棚に追加