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「和馬・・・愛してる・・・」
息を放ちながら伝えた言葉と共に、私の頬には一粒の涙が伝った。
「綾子、ごめんな・・・俺はおまえに・・・」
頬を伝った涙の後を指でなぞり、和馬は言いかけた言葉を飲み込む様に唇をつぐんだ。
私を見つめる彼の瞳は、今までに彼が見せた事のない悲しい色で滲んで
いた。
彼の瞳に映る自分の姿を見た瞬間、私の胸の中に、彼の心の痛みが流れ込んできた。
そうか・・・この人は、本当は不器用な人なんだ。
和馬は、職場では勿論、私の前でも決して弱味を見せない。
愚痴すら言わない。
外科医として人一倍プライドをかざし、その為に人一倍努力をする。
時々見せる、悲し気な目・・・背負う心の闇・・・。
口では大きな事を言っていても、いつも何かに追われ脅えている・・・そんな気がする。
我が儘は、人に与える棘(とげ)は、弱い自分を隠すための心のカモフラージュ。
酷い男にも成りきれず、優しい男にも
成りきれない。
不器用で、人一倍温もりを求める・・・寂しがりやな男。
最も人間らしくて、最も扱い難い。それがきっと、和馬なんだ・・・。
この人の側にいてあげたい・・・
例えそれが、自分にとって苦しみの選択となろうとも。
「あぁっ・・・和馬・・・和馬にだったら私、壊されてもいい・・・愛してる・・・」
激しく張りつめる彼の熱を受け止めながら、思わず高くあげそうになる涙声を堪え、彼の耳もとで囁いた。
「好きだ・・・綾子・・・」
彼は優しく微笑み、口づけを与えると再び目を伏せた。
息をつき、汗ばんだ彼の腕が私を強く抱きしめた瞬間、 私の意識は幸福に包まれ身体は力を失った。
和馬・・・ありがとう・・・初めて言ってくれたね、
【好きだ】って・・・。
朦朧とする意識の中で、汗と一つとなった温かな涙が、耳もとに流れ落ちるのを感じそっと目を閉じた。
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