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すべてをなげうって手に入れた天下を、目前で投げ出さねばならなかった男がいる。 数多の臣を喪い、その辛さ苦渋を呑み込み、それでもなお進むことを諦めなかった男。織田信長。 伝えたいのはその無念か、それとも生きざまか。俺は真っ向から受け止めるべく立ち上がった。 地下の迷宮に獣の咆哮が響く。死という決着のない闘いが、どうしてヒトのものと言えるだろう。 人外の獣。心臓を貫いてなお死せぬ化物同士。太刀すら捨てた今、獣となるしかないのが自明の理というものだ。 「いい眼つきよ。ちっとは眼が醒めたと見える」 俺は応えなかった。獣に言葉は不要。爪と牙で語らうのみ――。 満足そうに頷いた信長は、唇を吊り上げ喉を鳴らした。しなやかな肉食獣のように背を丸める。 その野生に――その美しさに俺は息を呑んだ。 2015.09.30 了
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