短編集 本文

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 「運ぶ、というよりは、転送する、といったイメージですね。ただ、ファクシミリと違うのは、人体はあくまで1人1つだということです」「と、いいますと?」「人体を複製しようとすれば、まあ出来ないことはないんですが、それでは電気通信法に抵触、つまり、違法行為になりますので」「そんなことが出来るんですか……」  しばらくの沈黙が流れた。僕は初歩的なことだろうと思って訊いた。  「い、痛くはないんですか?」「全然大丈夫です。たとえば……ごく普通のMRIだと思ってください。ちょっとガガガ、という音がするかと思いますが、目覚めた頃には目的地ですんで、まあ、安心してお任せください。患者さん、東京に行きたいんでしょう?」「まあ、8月になりますが」「じゃあ、ご予約を入れておきますね」「では、8月18日東京着、8月19日大阪着でお願いします」 「そしたら、そういう段取りですんで。遅れないようにしてくださいね」「はい、どうぞよろしくお願いします」「お大事にー」  病院の予約券をもらった。予約券というよりも、それは文字通り切符に近かった。何だか変な気分になった。人体を転送する……。理屈では、アタマでは分かっていても、何だか解せない感じがした。 ――8月――  僕は、実を言うと「コミックジャパン86」という、日本最大級の同人誌即売会に行くのだった。分厚いコミJカタログと、旅行用のカートを引っ提げて行くと、あのにこやかな医師が放射線科で待っていた。  「やあ、鈴木さん、あなたそういう趣味だったんですねー、僕と同じですー」  「は、はあ……」  「僕も行きたかったなー、でも、仕事があるので無理なんです今年はー」  「お仕事って……これですか」  その「ミリオンエクスプレス」なる、新しい機械を指さして僕が言った。  「そうですそうです。いまの時期、コミJに行く人って、案外多いんです。新幹線も飛行機も予約で一杯ですから、疲れないこれを使う方って案外多いんですよー」  「へええー」  その日、東京都区内では「雷注意報」が出ていたことを、僕も、そして医師も失念していた。なにせここは大阪。テレビでは甲子園球児の活躍が写され、灼けるような太陽、そして青空だった。
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