短編集 本文

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 「そうなんですが、今日は東京では落雷がありまして、当院は雷の直撃を受けまして……電源系統のバックアップには気を遣ったのですが……バックアップには万全を尽くしたつもりなのですが、当方の手違いで、鈴木様の記憶のポインタまでは完全にバックアップできなくて、ご不便ご不自由をおかけしております」  「ご、ご不自由って、余り不自由を感じていませんが……」  「どうも、済みませんでした」  「急に謝られても困るなあ……今日は7月28日でしょ?」「いいえ、8月18日です……」  「ええっ?」「窓の外をご覧いただければお分かりの通り、外は雷雨でして……私どもも早く転送をキャンセルすれば良かったのですが、もう大阪側でエンコードを始めてしまっていたので……やむを得ず運転の続行をしました」  僕は状況がイマイチ飲み込めず、一切合切ちんぷんかんぷんだった。取りあえず医療保険の書類にサインして、後日、僕の口座にお金が振り込まれると医師団は言う。何でも、ミリオンエクスプレスとやらの運転後、初めての事故だったらしい。  「では、お大事に、帰りは新幹線のチケットを用意してありますので、お納めください」  「は、はあ……じゃあ遠慮なく……」  ところで僕はどこへ行くのだろう。ミリオンエクスプレスって何? なんで東京の病院なんだろう……僕は分厚いカタログを手に取った。あ、これかな、と思った。 とりあえず、国際展示場へはゆりかもめで行くことにしよう。考えるのはそれからだ。僕は病院から無償で貸し出された一本の傘を差して、新橋駅へ続く道を歩き始めた……。
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