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考えてみればこの時間帯に電車に乗って出かけることなんてなかったな、と桐香は微妙な振動を繰り返す座席に身を預けながら、窓の外を流れて行くネオンの光を見つめる。何となく、あの男と付き合っていた頃に、遊びに行った帰りの電車の窓から見た同じような景色を思い出し、何だかテンションがまた下がるのを感じた。
幸い目的地に着く頃には気分も浮上していた。時間を見ると八時二十分……待ち合わせの時間よりも早く着けたらしい。雨上がりのアスファルトの匂いがする国道の下、蛍光灯の明かりに照らされた地下道を使って駅前公園前に出ると、出入り口に立って中を覗く桐香。すると、例のベンチ――丸い街灯に照らされた一角に竹田が既に座っていた。見つめていると、彼も桐香に気がついたらしく、こちらに向かって軽く手を振ってくれた。
「ご飯、どこに食べに行こうか?」
「んー……そうねぇ」
竹田の隣に腰掛けた桐香は、彼の問いかけに一瞬考え込むフリをすると、悪戯っぽく笑う。
「あたし、竹田クンが連れて行ってくれる所に行きたいな」
「えぇ?」
誘われたのに場所の決定を迫られるとは思っていなかったらしく驚いたような顔をする竹田。その顔が何だか可笑しくて、桐香は思わず吹き出した。
「てっきり相馬さんが決めてくれるモンだとばっかり思ってた」
「決めてないよ?一緒にご飯食べるってコト以外は」
桐香の意地悪な言葉に、竹田は困った顔で考え込む。
「中華料理なんてどうだろう」
「おっ、いいねぇ」
「……ただし別会計ね」
「え――……」
露骨に不服そうな声を出した桐香だったが、さすがに竹田に代金をたかる気はなかったのでおとなしく首を横に振った。
「やっぱ高いのはダメ。今月マジでお金ヤバイのよ」
「いや俺もそうだよ。それに……今日はそんなに食欲もないしね」
(……あ……)
竹田の苦笑まじりの一言で、桐香は彼もまた失恋から立ち直れていないことに気付いた。
桐香が決まり悪そうに俯いたのを見て軽く微笑む竹田。
「とは言ってもやっぱりお腹は空いたよね。食いに行こっか」
そう言って彼が指差した方向にはコンビニエンスストア。呆気にとられた桐香が竹田を見ると、彼はまだ微笑んだままだった。
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