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竹田の後ろに着いて歩いた先は小さなカラオケ屋。何食わぬ顔でコンビニの袋を下げたまま店の中に入ろうとする彼の行動に驚いた桐香は、思わず彼のシャツの裾を掴んで引きとめていた。
「だ、大丈夫なの?」
「ん?……ああ、ここは持ち込みアリだから大丈夫、問題ないよ」
「あ、そうなんだ……」
そういえば最近行った店は持ち込み禁止、ワンドリンク制だった。というかここ1年ほどそこにしか行っていなかったせいか、こうした持ち込みアリの小さな店に何となく違和感を感じてしまう桐香なのだった。
* * *
どちらからともなくフタを開け、来る前にコンビニで買ったカクテルを飲み出したのが一時間前。個室のガラステーブルには既に空き瓶が五、六本並んでいた。交代で曲を入れて、歌うのはどれも二人別々のお気に入りの歌。しかも鬱憤晴らしも多分に含んでいるらしく、どちらも全曲熱唱していた。
「竹田クンって歌上手いねえ」
「そんなことないってば。きっと毎回歌ってる曲だからだよ」
初め座りながら歌っていた二人も、今では自分の番が回ってきたら立ちあがって歌うようになっていた。最後のサビを歌い上げる竹田の姿を、カクテルの瓶を片手に見つめる桐香。
曲が入れ替わると、今度も例によって桐香が入れた曲のイントロが流れ始める。それは少し前に流行ったバラード・ナンバーだった。
歌い込んでいるのか、慣れた調子で歌い始める桐香。感傷的な歌詞に浸るように、目を閉じてブルー・ハワイが入った紙コップを傾けた竹田だったが、一分もしないうちに桐香の声が止まったので驚いて顔を上げる。
バックの旋律はまだ流れつづけている。だが、桐香はマイクを持ったまま固まっていた。
「あれ……おっかしいなぁ……」
呟き、照れ隠しに笑って見せた、かのように見えた桐香だったが……よく見ると彼女の頬が何時の間にか濡れていた。
だめ、こんなのじゃ竹田クンを困らせてしまう――
懸命に先を続けようとするがうまくいかない。搾り出そうとする声も、後から後から溢れてくる涙にどこかへ押し流されてしまう。
その時……彼女の背中にそっと竹田の手が触れた。もう片方のマイクを手に、彼は続きを穏やかに歌い始める。刹那、桐香は自分がどうして泣いているのか理解できたような気がした。この曲は元彼がいつも、こうして寄り添って歌ってくれた曲なのだ。
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