第1話

3/29
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
 今日は厄日か、それとも男が彼女のツキまで連れ去っていったのか。向こうに見える十字路の近くにコンビニがあるのを見つけた桐香は、仕方がないのでそこで傘を買うことにした。このお金がない月末に二人分のコーヒー代だけでなく傘代。痛い出費である。  ファミレスから出ると、雨のせいか外は何だか肌寒かった。梅雨も終わろうかというこの時期にしては少々涼しすぎるのではないかと桐香は思わず溜息をついた。  とぼとぼと舗道を歩き出す。濡れた前髪をかき上げつつ、先ほどまで自分がいたファミレスの中をガラス越しに見る。焦点を変えると、大きなガラスには自分の姿が映っていた。 「……ひでー顔……」  彼氏に会うために整えてきた髪も台無し。そして桐香自身は、なんとなく泣きそうな顔をしていた。自分の境遇があまりに滑稽で、泣こうとしても涙なんか出てこないくせに何故ガラスに映ったこの女の顔だけは一丁前に傷ついているのだろうか。  桐香は、そんな自分がひどく可哀想な奴のような気がするのだった。  * * *  雨はしばらく止みそうもない。小雨ではあるが、桐香が先ほどコンビニで買った小さな傘はもう雫が滴るほどに濡れてしまっていた。雨の中を歩いているというだけで、何だか気分も、自分の身につけているものでさえ重く感じてしまう。こんな時は家がものすごく遠く感じる……本当はさっさと家に帰ってしまいたいのに。  この天気のせいで、昼間にしては人気のない駅前の公園に差し掛かる。いつもなら、公園には目もくれずにまっすぐ舗道を通って駅に続く地下道に向かう桐香だったが、 「……」  なんとなく、公園の中に足を踏み入れた。一応公園の中を斜めに横切ればショートカットできるのだが、これは単なる気まぐれである。  というよりも、桐香は早く家に帰ることしか今は考えていなかった。彼女の視界にあるのは、駅前の大きな道に面した公園出入り口のそばにある地下道への入り口。そこに入ってしまえば、このしょっぱい気分をだらだらと長続きさせる、鬱陶しい雨にひとまずサヨナラできる。足を速めた桐香だったが、三メートルも歩かないうちに突然立ち止まった。斜め前をじっと見つめる彼女の視線の先には、雫が落ちるほど雨に濡れたベンチがあった。  そして、そこには……これまたベンチに負けないほどずぶ濡れになった男が座っていた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!