第1話

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 結局その日、桐香はまだこの辺に用があるという竹田と別れて家路に着いた。来るときは気分よく通った自動改札。今目の前にあるこの狭い門がある意味フラれてヘコんでいる自分に別れを告げるひとつの節目なのだ――そう自分に言い聞かせると、何故か少しだけ足が竦む。桐香自身、先程の会話で一旦落ち込んだ気分がかなり浮上したはずと思っていただけにこれは不本意な現象だった。  * * * (こんなことでヘコみ続けるなんて、何だかアイツに負けた気がしてイヤ。だからもう絶対ヘコんでなんかやらない。あたしはひとりでも生活できるんだから……)  電車の中、そしてマンションに至る道のりで桐香は何度も自分に言い聞かせてきた。彼女の性格上、あんな理不尽なことでここまでひどく心を乱されるということはどうしても我慢できないのだ。彼女が負けず嫌いというのも勿論理由のひとつだが、それ以上に傷ついた自分を見るのがイヤだった。  そして、自分が深く傷ついていることを認めたくなかった。  しかしそんな決意も、部屋の鍵を開けて中に入ったその瞬間に挫けそうになる。  無音。  カーテンを開け忘れた青く薄暗い部屋に、ミニキッチンの隅に置かれた小さな冷蔵庫の唸るような低い音だけが響いているだけの空間。ようやく帰ってきてホッとするはずなのに、何だか更なる孤独の中に放り込まれ、閉じ込められたような気分にさせられる。  ふらふらと足を進め、崩れるようにベッドに座り込んだ桐香は枕もとのリモコンを手に取ると、CDラジカセの電源を入れた。とにかく今は無音状態の部屋が怖かった。耳障りな程の音がないと、彼女自身情けないことだが今の桐香は泣いてしまいそうだったのだ。  再生された曲は運良く騒々しいロックだった。桐香は少し音量を上げるとそのままベッドに倒れこむ。低音のベースがお腹に響いたが、それでも彼女は何時の間にか大きなビーズクッションに埋もれるようにして眠りについていた。  * * *  夢も見ない程の深い眠りから覚めてみると、部屋の中はもう真っ暗だった。意識が飛ぶ前にかけていた音楽CDもずいぶん前に止まってしまったようで、見ると電源が入っていることを示す赤いランプが闇の中に浮かんでいる。
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