第1話

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 もしそうだったら……桐香はボタンに指を走らせる。数ある短縮メモリの中から竹田の番号を出すのは、この7ヶ月の間ずっとやっていたことなので迷うことはなかった。ただ、それは昨日まで彼の番号ではなかったのだけれど。  一コール、二コール……時間が流れる毎に少しずつ不安になる。  自分は何をやっているのだろう?寂しいのは自分だけかもしれないのに、何故今日初めて会った人を巻き込まなくてはならない?  あたしはこんなに身勝手で、弱かったのだろうか。  鬱になりかけ、電源ボタンに指が伸びた――そのとき、電話が繋がった。 「もしもし?」 「あ……竹田クン……?」  自分でも驚くほど心もとない声が出た。泣きそうな、掠れた声。突然電話をかけて、こんな声を聞かせてしまい、桐香は何だかとても恥ずかしい思いでいっぱいだった。 「大丈夫?」 「う、うん。ごめんね……急に」  昼間の彼女とは大違いな今の桐香に、きっと竹田は戸惑っているに違いない。焦った桐香は、半ば無理矢理に明るい声を出す。幸い、いつもの彼女に近いトーンの声が出せた。 「ね、晩御飯食べた?」 「ううん、まだ食べてないよ。これから何か作ろうかと思ってた所なんだけど」  気がつけば昼食を抜いていた桐香は、微妙に空腹を感じるお腹に手をやる。 「暇してたらでいいんだけどさ、ご飯付き合わない?」 「え?」  呆気にとられた声の竹田。桐香、本日二度目の逆ナンパであった。  * * *  八時半に例の駅前公園で。  そんな約束を交わすと、桐香は身支度を済ませていそいそと部屋を出る。寝ている間にまた雨が降ったのだろうか、外の空気は今朝よりも冷たく、半袖のシャツでは少し肌寒く感じた。最寄駅までは徒歩五分。足早に歩いたお陰で、余裕を持って電車に乗ることができた。  この時間ともなれば電車の中の人影はまばらだった。見回すと、同じ車両に乗っているのは仲良さげにお喋りする大学生くらいのカップル、仕事帰りのサラリーマンとOLが数人。昼間のように親子連れが乗っているわけでもない。そのせいか、車両内はどことなく気だるい雰囲気が漂っていた。
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