変人の巣窟

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宵の始まりに暖かな春風が吹き抜けた。 少年は頬を撫でる風を感じながら空を眺めていた。 「今日の教授はどうしたんでしょうか?」 口から漏れ出た言葉は力なく夜空へと消えていく。 松風斬にとってあの返答に何の問題もなかったはずだ。自分は奴隷であり第七機関のメンバーはその遥か上の存在。己を天秤に掛けることさえおこがましい。 それ故に斬は分からない。 何故飛鳥が悲しそうな目をしていたのかを。 何故一瞬とはいえ威圧的になってしまったのかを。 「いや、むしろ私がどうかしてしまったということでしょうか?」 自身に問い掛けてみても答など返ってくる筈もない。 しかし、 「よ、よく分かりませんが、私は普通に見えますよ?」 虚空によく響く声だ。艶やかであるが子供らしさをまだ内包している。 「誰ですか?」 斬はホルスターからベレッタを引き抜き銃口を突きつける。あまりの自然な動作に声主は呆然としている。 「まま待ってください!!いきなり人に銃口を向けるなんて無茶苦茶ですよ!?人権問題です!!」 どうやらこの声の主は中々に愉快な人物らしい。 「名前と機関名の開示を要求します」 「ははい!わかりました!!」 暗がりでわかりにくいが敬礼しているのだろうか?ビシッと効果音が聞こえてくる。 「私は夢見凛音(ユメミリンネ)です。所属は第七機関です!?ってなんでいきなり打つんですか!?」 凛音の全力の抗議も斬には届かない。 「貴女が第七機関のメンバーであるはずがありません。嘘偽りを述べるならもう少し下準備をしてくるべきでしたね」 淡々と述べられる言葉に大きな感情の揺れはない。しかし、先程よりも鋭利さが増している。 「こここれを見てください。この証明書なら確認できるはずです」 顔の真横を弾丸が走ったのだ。悪寒が走らないわけもなく、もとより斬に対して敵意など持ち合わせてなどいないのだ。必死にならざるを得ず胸元からカードを取り出す。瞳は涙を溜め込んでいた。 「こちらに投げ渡してください」 「え、取りに来てくれないんですか」 凛音は驚愕の表情を見せるが、 「敵にみすみす近づくほど私は愚かではありません」 「だから、第七機関の一員だって言ってるじゃないですか」 「それを確認するために開示を求めているのですが」 珍しく呆れ顔を見せる。 「わかりました。後でちゃんと返してくださいよ」
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