変人の巣窟

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「じ、自殺ですか?私そんなことを?」 「記憶が曖昧でしょうから仕方のない事です。動機は分かりませんが今の貴女は死を望んではいないご様子ですからひとまずそれはおいておきましょう。立て続けに恐縮ですがこちらからも質問をしてよろしいでしょうか?」 「どうぞ、私に答えられる範囲でしたら」 彼は歓喜の渦にその身を焦がしていた。この世の常識を越えた事象にも、それすら凌駕する心情があれば己の常識へと書き変わる。 煩わしく不必要な派閥争い。人の上に就き下らない陶酔と優越感に浸りたければ、幼稚園児に大学の問題でも与えて陰湿に笑っていればいい。 低い看護師達の意識レベル。命が交錯する現場であるにも関わらず赤子の様に弱々しく、三日の徹夜すらできない貧弱な身体。ままごとでやっていると言われた方がまだましだった。 彼は一重に人を救いたかった。命を護りたかった。さながら颯爽と現れるヒーローの如く。 ただただ人を救いたい。その妄執は彼を苦しめるものであり、生き甲斐でもあった。 誰かを助けなければいけないという強迫観念。 それ故に限界を感じ始める自分。 理想と現実の間で揺れ動く彼は他の誰よりも子供であったのだ。 しかし、それも今日で終わりを告げる。いや、告げさせるのだ。ここには一切の打算もなく、あるのは獲物を逃がさない捕獲者の本能のみ。 この患者が欲しいのではない。この患者の身体が欲しいのだ。あれだけの奇跡は常人の心を蝕み狂わせるには十分すぎた。 自然と手を伸ばし掴みとる医者の得物。 そのあまりにも自然な動作に患者は疑問を差し挟めない。 「僕と世界を変えませんか?」 右手にメスを、左手に注射針を。 愉悦に歪む笑みが闇夜の中に美しく描き出された。静かに奏でられた子羊の歌声と共に。
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