第2章 作家 鴨志田 祥平

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心の中でもう一人の自分がこう言った。 先から良い感じじゃないか?真人! このチャンスを逃すなよ真人! 飴里を誘える口実を作ってやったんだぞ! 男なら勢いでデートに誘っちまえ! 僕は大きな深呼吸をして意を決した。 『えっと……』 続きが出てこない僕を見て彼女は首をかしげ待っている。 『あのさ、ん~。 暇な時でいいからさ…… 今度………、 そうだ! 今度てらさんの話聞かせてもらっていいですか?』 極度の緊張とプレッシャーのあまり自分でも何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。 飴里さんは先とは別人みたいな冷たい目をして退屈そうに立っている。 何、意味のわからないこと言ってるんだ! 飴里の期待に応えろ! さぁ仕切り直しだ! 僕は勢いに任せて口を開いた。 『ほら鴨志田家の母親のてらさんと僕、一度もお会いしたことがないから、どんな人かなと 思って……。 やっと聞けるきっかけが出来たな……。 とか思ったりして』 中2の時、勇気を出して生まれて初めての告白をした。 『結局、何が言いたいの?』 即答でふられ散々な目に遭った苦い思い出が走 馬灯のように回った。 しかし飴里さんは僕の目を反らしぎこちない作り笑顔で応えようとしてくれている。 『てら先生は……』 飴里さんが答えようとした時、廊下の時計が12時の知らせをした。 ボーン、ボーン、ボーン 二人の気まずい雰囲気を助けてくれた。 その瞬間、僕は我に帰った。 もう、こんな時間だ。 僕は何しにここへ来ているのだ。 『また暇な時にでも聞かせて下さいね。 それと・・・ツインテール似合ってます。凄 く……』 自分でもさらりと言えたことにビックリした。 飴里さんはニコッと会釈して 『ありがとうございます。皆瀬さんとお話出来て楽しかったです。 何か久々に笑った気がしま す。またお話して下さいね。 あっ!次は火傷しないように冷たいお茶をお持ちしますね。 とにかくありがとうございました』 そう言って足早に去って行った。 僕は飴里さんの後ろ姿が消えるのを見守った。 また元の距離に戻った。 安心した僕は次の亮さんの部屋に着くまで、しばし、ぬか漬けばりに余韻に浸る小旅行を始めた。
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