消えゆく気配

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「今の彼氏の話か?」 「んーん。今はもっと昔のこと思い出してた。高校時代の、純粋だった頃の話。こんな私でも、昔は片思いしたり、可愛い女だったんだよ」 翔太の横顔に視線を移し、自分を慰めるかのように得意げな表情を見せる。 「純粋さは今でも変わらないだろ。大人になると素直に表現できない状況もあるさ」 車窓を流れる静かな街並み。 「今の私は汚れてる。本当に純粋な恋なんて、初めて付き合った男だけだった気がする…」 私は、疎らに並ぶ民家の薄明りを眺め、あても無く呟いた。 翔太は、次の言葉を待つように、夜景を眺める私に視線を向けた。 「世界がその人一色だった。一緒にいる事が全てだった。でも最後は裏切られて・・・私が初めて愛した男は、私の同級生に取られたの。毎日学校でいちゃついてるの見せられてさ。恨んで憎んで、何も食べられない、眠れない、身も心もボロボロ。相手の気持ちを取り戻したくて、手首切って自殺未遂までして。後からしてみれば馬鹿で滑稽な話。でもさ、恋愛に溺れると人間そこまで落ちていくんだよね・・・」 酔いのせいなのか、気の許せる友人から得られる安心感のせいなのか、気づくと自分の中で封印していた過去の恋愛を打ち明けていた。 今の自分を作りあげた、初めての恋愛とその先にあった絶望。 見た目では殆んど分からなくなった、手首の傷痕を手のひらでそっと隠した。 「ちょっと、車止めていい?このままその話聞いてたら俺、事故りそう」 翔太は口元で小さく笑うと、目の前に見えたコンビニの一番隅の駐車場に車を止めた。 「その後、その別れた彼とはどうなったの? 」 翔太は、サイドブレーキを引くと窓を開け煙草に火を付けた。
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