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その夜も、彼らは鬼桜の下に立っていた。
だが、花はもう殆ど散っていて、地面は桃色の花びらで覆われている。
「――薊」
唐突に名を呼ばれ、薊は朱彦を見た。
「何ですか父上」
「お前はもう家に帰れ」
「え……? 何故です」
不思議そうに尋ねる薊に、朱彦は厳しい口調で言った。
「いいから早く家に帰るんだ」
薊は納得の行かぬまま、家へと戻った。
薊の姿が見えなくなり、暫く二人共無言のままだった。
「……沙月」
朱彦のその呼び掛けと同時に、青白い月が雲で隠れる。
辺りが、一瞬にして闇に包まれた。
「――“幸せ”は来ないよ」
朱彦は呟いた。
「俺達にも、幸せは来ない」
「……ええ。分かってるわ朱彦」
――茂みに隠れていた村人達が、一斉に二人に襲い掛かった……――。
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……外の様子がおかしい。
薊がそのことに気がついたのは、小屋に戻って少し経った頃だった。
高台の辺りが、妙に騒がしい。
何故か胸騒ぎがし、薊は急いで桜木のもとへと駆け付けた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
――大勢の村人が寄って集って、沙月と朱彦を襲撃していたのだ。
二人は、ただされるがまま地に倒れ伏している。
薊は村人を押しのけ、二人に駆け寄った。
「父上! 母上!」
……二人の身体は既に斧やら刀やらで斬り刻まれ、血で真っ赤に染まっている。今にも絶えそうな虫の息だった。
「……薊……何故、来た……」
朱彦が口を開いた。薊は泣きそうになりながら朱彦の身体を抱え上げる。
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