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「……あれ、取って……」
薊はすぐに雛芥子を手に取ると、沙夜の手に握らせた。
「ありがとう……兄上」
沙夜は笑顔でそう礼を言うと、雛芥子を大切そうに胸に抱き、目を閉じた。
――カタリと戸が開く音がして、薊は沙月に尋ねた。
「……薬は…?」
沙月は、ゆっくりと首を横に振る。
「じゃあ、沙夜は……」
二人は布団の上で寝ている沙夜に近付くと、膝をついて何度も何度も謝っていた。
「ごめんね……ごめんね、沙夜……」
「……何もしてやれない……」
泣いていた。
それは、薊が初めて見た二人の涙だった。
「……母上、父上……泣かないで。沙夜大丈夫だから……沙夜、今幸せだから」
眠っていると思っていた沙夜はうっすらと目を開け、愛らしく微笑んでそう言った。
「沙夜……」
「みんな、沙夜のこと心配してくれてありがとうね……沙夜嬉しい……」
――翌朝、沙夜は息を引き取った。
その胸にはしっかりと、あの真っ赤な雛芥子が抱かれていた。
呆気無い死だった。
儚い命だった。
結局、病名が何なのかも知らされずに、沙夜は天に召されていった。
三人は、誰にも汚されず傷つけられない山奥に、沙夜の為に小さな墓を作って弔った。
一輪の雛芥子も一緒に……
人間など、信用するものか。
この世に、情けなど、神など、存在しないのだ。
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