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「ごめん、な……薊……。俺はお前を、幸せに出来なかった……」
「父上……?」
薊には彼が何を言っているのか分からなかった。
「ごめんね、薊、ごめんね……私、今朝貴方に…貴方の朝食に、不老不死の薬を入れたの」
沙月のその言葉に、薊は目を見開いて言葉を失った。
「ごめんね……ごめんね……」
沙月は涙を流しながら、ただひたすら謝った。
ふと、沙月の声がやんだ。
「……お前だけは……生き続けろ」
桜木についていた最後の花が、はらはらと舞い散った。
薊の頬に触れていた朱彦の右手は、力を失ったようにぱたりと地に落ちる。
周囲にいた村人達の姿は、いつの間にか消えていた。
(……やはり、そうか)
ぽたりと、雫が落ちて、朱彦の血に汚れた頬を濡らした。
雨じゃない。
涙だ。
(この世には神などいない……救ってくれる者など、存在しない)
――薊は、声を上げて泣いた。
その涙と共に、薊の中にあった優しさも流れ出ていった。
……薊の中に残ったのは、人間に対する憎しみだけ。
――優しかった薊はもう死んだ。
憎しみだけで、生きてゆくしか無い。
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