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「ちょっと不動産屋のオヤジ……写真と実物、全然違うでしょうよ!」
文句を言うために、その足で物件を仲介した不動産屋を訪ねてみたのだが、店は蛻の殻。
しかも戸口には『テナント募集』の張り紙までされていた。
隣家の住人に、隣にあった不動産屋の行方を尋ねてみると、怪訝な様子と共に、隣は越してきた当初から空き家だったと言うものだから礼もそこそこに引き上げてきた。
不本意にも、正に狸か狐にでも化かされたような気分だった。
騙された自分も不甲斐無いが、怨むべきは不動産屋の狸爺だ。やけに獣臭いと思ったら、やっぱり狐狸の類いだったのだろう。
見つけたら、狸鍋にでもしてやろう。そうだ、それがいい。
目に物見せてくれるわ!
今は纏めた荷物もあるその上だ、ここまで来て文句を並べても仕方がない。
大人しく部屋に行くしかない私は、アタッシュケースを牽いて新居に向かうことにした。
§
新居は古びた濃鼠のコンクリートが無気味な二階への階段を昇り、廊下に面している端から3番目の部屋。
先頃に視線を感じた辺りが、現在の立ち位置から真直ぐに見えた。
この棟の住人が居たのは、おそらくこの部屋の前あたりだろう。
メゾンハイツ2号棟-203号室。
「絶対詐欺だ! あの狸爺め、一体いつの写真を見せたんだかっ」
勢いのまま思いきりドアを閉めたかったが、引越し早々で近所迷惑になるのは気が引けるので普通に閉める。
感情の収まらないまま冷たく湿ったコンクリート独特の匂いが充満する玄関を抜け、天音は真っ先にベランダに面した窓を空けた。
瞬間。足許のポリ袋が吹き込んだ風にふわりと舞い上がる。
強く押し寄せてくる、夕暮れ間近の少し冷たい風が心地よかった。
けれど、漸く一人に慣れたというのに胸の奥に“何か”が引っ掛かって澱を積もらせる。
それは――――なぜなのだろう。
天音は、目を閉じると浅い溜息を吐いた。
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