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暮れてゆく街を見下ろしながら、天音はやけに長い、本日何度目かの溜息を吐いた。
寂しさと空虚な怒りを綯交ぜにしたような燻った気分の原因はは解っている。
母親の、死。
そして、叔父一家との軋轢だ。
引き摺ってはいけない、ということは理解しているのだ。
けれどまだ後ろ髪を引かれるだなんて、自分もまだまだ青い。
唯一の肉親である母親を事故で亡くし、身寄りのなくなった自分を引き取ってくれたのは分家の叔父一家だった。
自分が、誰かと時を過ごした最後の場所である。
優しい家族だった。
その優しさが、痛みを伴うくらいに。
初め、子供のない彼らは『身寄りのない可哀想な子』を諸手を上げて歓迎した。
けれど次第に気遣いが負担となり、軋轢が生まれた。
『本家とはそれほど懇意でもなかったのに、どうして受け入れなどしたのか』と話し合う者の声は、同じ家屋内に居れば例え壁を隔てていても確かな悪意として伝わってくるものなのだ。
そんな事を言うものではない、あの子は可哀相なのだから、と窘める叔父の声を聞いた時…自分の中で『なにか』が弾ける音がした。
『本家への妬み』
『悪意』
『同情』
別に、同情を買いたくてここに来た訳ではなかったのに、悪意を宛がわれるなんて心外だった。
招かれたから、ここに居るそれだけだ。
出て行けというのならば、言われるまでもなく去るまでのこと。
悪意を向けるくらいならば、初めから引き取るなどと軽々しく言わなければよかったのに。
言葉に出したくとも無理やりに押し込めて、それでも収まりきれていない悪意が絡み付いては霧散していくばかり。
あからさまな気遣いと、取り繕う気配を肌で感じるのが酷く億劫で。
流れるまま過ぎてゆく生温い日常に終止符を穿つべく、去年の冬の夜、天音は独りを選んだ。
自活するつもりで貯めていた資金も、充分に貯まっていた。
叔父一家も、厄介者が自分から去ってくれてさぞ溜飲が下がったことだろう。
それを裏付けるように、誰にも告げず家を去っても誰からの便りもなく、それきりだった。
――――どうせ自分は、どこに行っても邪魔者。
でも、それが正しいのだ。
特に、寂しい訳ではない。
母親がいなくなってから、いつだって自分は独りだったから。
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