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アパートを前に感じた視線、そして今の現象といい……凡てを総括して、思い当たるのは1つしかない。
――――ここは、いわゆる『事故物件』と呼ばれるものらしい。
悲しいことに、甘い話には必ず裏があるのが世の常、お約束だ。
天音はそういった場所を選んでしまった自分の運の悪さと、不甲斐無さを呪った。
「もう…笑うに笑えないじゃないのよ」
ゆらりと顔を上げた天音の目は、自己嫌悪を宿して暗く坐っている。
まるで、腐臭を上げる泥沼のよう。
幽霊も裸足で逃げ出す、背後に鬼火を連れていそうな壮絶な表情だった。
「ふん、出てくるなら来ればいい……この私に行き遇ったのが運の尽き…」
【あ、そお? じゃあ遠慮なく】
「――――え?」
語尾が、尻切れ蜻蛉で終わる。
自分しかいない筈の空間を揺らした声に、天音はなんとも間抜けな反応しか返すことができなかった。
しかも、返ってくる筈のない返事に思わず相槌まで打ってしまったのだから、尚のこと悪い。
霊魂との接触(セッション)の糸口というのは、会話から始まることが多くを占めている。
その後、如何なるかなどは想像に難くはないだろう。
ぎぎぎ…と壊れたブリキの玩具よろしく背後を振り返った天音を待っていたのは、やはりこれもお約束。
あまりに(天音にとっては)、絶望的なものだった。
【案外、試してみるもんだよなぁ…。目も合ったし…次はもしかして声も、と思ったらやっぱり通じたか】
「!?」
(まさか、まさか本当に出てくるなんて!)
いきなり鼻が触れそうなほど顔を寄せられ、天音は大きな瞳を更に大きく瞠った。
今すぐにでも喝を入れて追い出してしまいたいけれど、喉の奥に逼塞した声がどうしても出てこなくて、頭の芯が朦と熱を持つ。
状況に気圧されて、かなり息苦しい。
天井から逆さまに生えて――――いや、立っている青年霊はそんな天音の様子を見て、さも可笑しげに口端を上げた。
【へぇ、アンタが次の住人か。……よっ】
ふわ、と彼が床に確り着地するのを見送って、天音は上向いたまま床に墜落――もとい気絶した。
原因は、酸欠による卒倒である。
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