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もう少し我慢して、と諌めてくれるゆりの考えはもっともだけど、この数日何度揺らいだか判らない自分の気持ちに押されて、あたしは口唇を噛みしめた。
バッグの中から、岳さんの文庫本を取り出した。本の最後の方の奥付に、出版社の電話番号くらいは載ってる筈だから。
ゆりには悪いけど、自分で銀ちゃんに話をする。岳さんの連絡先を教えて下さいって。
道の真ん中で文庫本片手に、携帯を握り締めた瞬間だった。
ドルル……と、すぐ近くでエンジンの音が響く。その音には、聞き覚えがあった。顔を上げると、そこには思った通りの真っ赤な大型のバイク。
バイクに乗っている人の身体は意外と小柄で、それがあたしの確信を深める。
その人はバイクと同じ深い赤のヘルメットを外すと、ふうと息をついた。真っ黒のストレート髪が、サラリと流れる。
「やっぱり、華緒梨ちゃん。ちょうどよかった」
件の鳶島さんの奥さん、雛さんだった。
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