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意外と平気そうな顔をして帰ってきた岳さんは、ドアを開けるなりあたしをぎゅーっと抱きしめてきた。
びっくりしたけど、でもその腕の強さに思わず力が抜ける。
自分の人生に恋の気配がない時は、そういうのっていくら好きでもだらしないなぁ、なんて思ってたんだけど。
でも、この腕に選んでもらった瞬間から、そういうのどうでもいいや、って思う。
だって、好きな男の人が大事そうに、それでいてどこへも行かなくていい、っていう気持ちを込めて抱きしめてくれる。
それ以上に幸せで大事なことって、ひとりでいる時冷静に考えてみてもとりあえず見つからないもん。
それで、ちょっと思った。
本当に大事なものって他の人に説明なんてできないし、色んな理屈の方が野暮なんじゃないのかな、って。
だって、大事なことはこうして抱きしめ合ってる岳さんとあたしの間にしか行き交わない。
ふたりの間にしかなくて、そしてふたりだからこそ価値のあることなんだ。
それが真剣で、本気で、一生懸命なんだってこと以外、他人は判る必要なんてない。
「ね、ね……」
そのまま激しくキスの雨を降らせてきそうな勢いで伸ばされた岳さんの腕だったけど、あたしを閉じ込めて時折深い溜め息を漏らす以外何もしない。
ちょっとらしくないな、と思って、抱き返す手で彼の肩をポンポンとした。
別に、それ以上のことを期待してたわけじゃないんだけど……。
何かあったのかな、って思ったから。
「ん?」
ちょっと鼻にかかる甘えた声に、キュンとする。
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