Epilogue

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   ミュージシャンの中には、“モーツァルト病”って呼ばれる「頭の中でメロディが鳴り止まない人」がいるっていうけど。  小説家さんにも、そういう人がいると思う。 「頭の中で言葉が止まらない人」みたいな。  岳さんはそういうタイプなような気がする……。  そんなことを考えながらぼんやりしていると、ふと岳さんが振り返ってこっちを見た。 「華緒梨、何してんの」  岳さんはヘッドフォンを外し、ふっと表情を緩ませて椅子から立ち上がった。 「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃった?」 「いや。なんか、ちょっと、疲れた」  ふああ……と小さく欠伸をする岳さんの瞳は、いつもと同じやわらかい光に戻っている。  ……戦士の帰還。なんちゃって。 「今度は、どんなの書いてるの?」  少しぬるくなり始めた生姜湯をすすりながら、仰向けでソファーに転がった岳さんを見やる。 「ヒかない?」 「? 何を今更……」  岳さんは眼鏡をローテーブルに転がし、天井を睨み付けながら低く唸るように呟いた。 「テーマだけ言うなら、ネグレクトかな」 「ネグレクト?」 「児童虐待、障がい者虐待、高齢者虐待……育児放棄もネグレクトだな」  静かな部屋に似つかわしくない言葉が飛び出してきて、思わず動きが止まる。 「……すごく、難しいテーマだね」 「んー、言葉にするとな。でも、恋愛と同じくらいずっと扱われてるテーマだし、人間の姿でもあるから」 .
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