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じわりとした湿気はまとわりついて離れない。その湿気たちは外灯が照らす光でさえもゆがめてしまうのか、光は弱く薄暗かった。
汗でシャツが体に張りつく。ぱたぱたと首もとから空気を送り込む。時折すれ違う車が羨ましい。きっとあの中は涼しくて快適なのだろう。
「いいなあ、車」
とぼとぼと歩む少年は肩を落とす。帰ったらシャワーを浴びよう、そう心に決めたら重い足取りも少しは軽くなった。
歩(あゆむ)はバイト帰りであった。
コンビニの中の冷房が効きすぎていたためか、今になって汗が噴き出していた。バイトは嫌いだ、先輩が嫌いだ。それでもバイトをしなければならないワケは、車を買うことにある。車を買って、それから彼女とドライブに行きたい。向かう先は海が良い。夜の海だ。そして夜の浜辺で熱いキッスを交わすのだ。と、そんな思惑と下心で大学の空きコマと彼女との時間を削ってでも彼はレジを打っていた。
少年のように休むことなく虫は鳴く。
ジージーギーギーリンリンルルルル。
耳の中で虫の声が響く。
この音を聞く度に夏だと思う。
としかし、虫は一斉に鳴き止んだ。
一度止まって少年は首を回す。何が起きたわけでもないようだ。何かの偶然だろう。言い聞かせて不安をぬぐい去る。
そしてまた歩み出す。
「あなたは、時間を止めたい、と思ったことはございませんか?」
だからその声に驚き、背筋をぴんと張ってしまったのも仕方がないだろう。
さながら兵隊の人形にでもなった歩は、その姿勢のまま声のありかを耳で探す。虫の声も聞こえない静まった道、コツンコツンと革靴の歩行音が背後からした。
振り向く。
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