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「こんばんは、わたくしは、何者でもない者であります」
外灯が薄く照らす。黒いスーツで身を包んだ男が、そこにはいた。笑顔で、こちらを見ている。男は「どうぞお見知りおきを」と続けた。
――な、なにがお見知りおきをだ、なんだいきなり。
歩はうろたえ、男の顔をまじまじと見た。まったく知らない男だ。というか、なにか不気味な雰囲気を感じた。にんまりと笑う男の顔は、作られた物のようでいて気持ちが悪い。きっと容姿としては端正な方なのだろう、でも、どうしてこうも気味が悪い?
不信感と若干の恐怖を抱きながら歩は先ほど自分がされた問いを訊き返した。
「なんだって? 時間が――なんだ?」
「ええ、だから、時間を止めたいと思ったことはないか、と問うているのです」
「え、いや……」
なんだこいつは、新手の詐欺か、それともただの不審者か? きっと後者に違いない。質問に答えてやっても――というか、遊んでやっても良いだろう、そんな軽い気持ちで、歩は答えた。
「そりゃああるさ、時間を止めてみたいって思ったことぐらいはな。時間さえ止められたら時間を気にせず遊び放題だし、何してもばれない。まるで天国だろうな、きっと誰しもが抱くロマンさ。……んで、何? これでいい? 満足? 俺は帰って寝たいんだよ、これ以上あんたと付き合ってる時間なんて――」
「わたくしには、あなたのその願い、叶えられますよ?」
「は?」
「あなたが望むのであれば一度だけ時間を止める力を授けましょう。いいですか、一度だけですよ?」
「な、なにを言ってるんだ……? 時間を? 止めるぅ? 馬鹿言うな、非科学的だ」
「――『時間を止められる者による連続殺人事件』」
男は、端的にそれのみを告げた。
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