ジェンダー

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ジェンダー

 ジェンダーとセックスは違います。  セックスというのが、男と女、どちらに生まれてきたかという性別。  ジェンダーというのが、社会的な性別。  具体的に言えば、「男はたくましく、女はおしとやかに」。  これはジェンダー。  つまり、「こういうのが男(女)である」という、社会が形成する男女の違いのようなものです。  現在でこそ「男女差別よくない」とは言われていますが、だったら「平等」ってなんでしょうね。  男と女では、体の機能が違います。  子どもに母乳を与えられるのは女だし、男は女より(統計的に)力が強く、体も大きい。まず根本から「人はみんな同じ」ではありません。ここには「差別」はなくとも「区別」があります。 「男女平等」という価値観はここ最近になって表れたもので、つい数十年前までは「男は仕事、女は家事」が当たり前でしたし、さらに昔に遡れば、「女というものは劣っていて、不潔である」とされていたわけです。  だからといって、その当時の彼ら彼女らには「不平等だ」という気持ちがありません。そういう社会で暮らしているので比較対象がないのです。  今こうして「男女平等」という意識が芽生えてるのは、労働が「体力よりも頭」に変わったからです。つまり、男女どちらでもできる仕事というものが生まれ、社会進出する女性が現れ出しました。そこで「私たちの環境って、実は不平等だったんじゃないの?」と思い至り、現在のような「男女平等」になったわけです。  ここで、どうしても思ってしまうのは、自分が「不平等」な立場にいることさえ知ることのできなかった昔の女性と、「不平等」に耐えて「男女平等」を目指す今の女性たち、どちらが不幸なのかということなんですよね……。  と言えば反感を食いそうですが、私は別に「男女平等にしろ!」とか「いや、むしろ不平等は必要悪だ!」とか言いたいわけではなくて、単純な疑問です。  自分の置かれた環境がおかしいと気づけない者と、自分の置かれた環境がおかしいと気づいてしまった者。  たぶん、そういうお話です。
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