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玄関の扉は重かった。
ツバメが帰ってきたのはあれから時計の長針が二周した頃であった。
「…………ただいま」
思わず出てしまった言葉にツバメは顔を渋くする。
薄暗く、明かりは落ちている。そうだろう、何しろ『台本』ではもう就寝時間とされているはずの時間なのだから。
明かりのスイッチに手を掛ける。
カチッ――。
と、そこにはソファに寝ている母の姿があった。一瞬目をしばたたかせて疑った。
いやいや、そんなはずがないだろう。
どうしてここに母がいる?
寝室で寝ているんじゃないのか?
うなされているように眉根を寄せつつ寝息を立てる母。ツバメは未だスイッチに手を掛けたまま動けずにいた。
「ん、んん……」そして鶴江が目覚めたのは五秒後である。
目をこすり、辺りを見渡して――ツバメを見た。
「ツ、ツバメ! お父さん! ツバメが帰ってきたわよ!」
鶴江はそのままソファから飛び起き、鷹夫を呼びに駆けていった。
――ああ、「おかえり」もないんだな。
別段その一言がほしかったわけではない。そのはずなのになぜか胸の奥を乾いた風が吹き去って行った。
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