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我が子、二人がいなくなったことでぽろりと鷹夫の口から弱音が漏れる。
「なあ鶴江よ、俺は果たして正しいことをしているのか……?」
鷹夫はうつむき問うた。その声は今にも消えんとせんばかりの蝋燭の火のように弱く、一家の大黒柱たる威厳をまるで残していなかった。
たびたび浮かぶその疑問は己をむしばむ。
これは家族を思ってしていることなのだ、と正当化しようにも、こんなことをしない方が、と自信を失わずにはいられない。彼にはもう何が真理なのか判別できなかった。神や仏――悪魔でも良い、誰かこれが正しい道だと諭してくれ。
「それは……」
鶴江は一瞬、逡巡するような態度を見せてから、
「ええそうでしょう、きっとあの子たちもわかってくれるはずです。……ツバメも今は反抗期なだけでそのうち――すべては自分たちのためを思ってしてくれているということを理解する日が来るはずだと私は信じております」
鶴江は二度、『はず』という言葉を使った。
「そうか……」
鷹夫は鶴江の賛同のようなものを得ながらもやはり気を落としたままだった。こうして落ち込んでいたところで時間は刻々と進む。
さながら死のように平等に。
さながら死のように残酷に。
「……ああ、もう時間か」『台本』ではそう書いていた。
「そうですね。今日の予定は……」
「車で会社まで二十分で移動し、企画会議が始まるまでの間に午後の取引に用いる資料の読み込み、加えて一ヶ月後のプレゼンの作成、それから十一時三十分、会議を行い、その後会社と隣接する定食屋『たまりや』にて十五分で昼食を摂る、そして――」
自分の予定を教えるなどたやすい。ただ『台本』に書いてある通りに言えばいい、それだけだ。
鷹夫が言い終えるのを待って一息ついてから鶴江は言う。
「いってらっしゃい、鷹夫さん」
「いってくるよ、鶴江」
去って行く鷹夫を見つめて鶴江は安寧を望んだ。
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