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カリカリと爪でテーブルを掻く。
テーブルにはツバメが置いていった『台本』が上がっていた。カリカリカリカリ。苛々と。カリカリカリカリ。重く深く椅子に腰掛けた鷹夫はもう片方の手で頭を抱えていた。じっとりと脂汗がその手にまとわりつく。不快ではあるがそんな些事は気にならない。それどころじゃない。
「ツバメが帰ってきていないとはどういうことだ!」
それは鷹夫が帰る少し前から現れていた不和だった。
「ええツバメがまだ帰ってきていないんです……。いつもならもうすでに家に着いている時間なんですけど……」
兄が帰ってきていない。
それだけのことでこんなに両親は取り乱す。どれだけ『台本』に忠実に生きようとしているのだろう。あの人たちに自我ってあるのかな……。
ツグミは他人事のようにソファに座ってミルクをすすっていた。手にはミルクの他にファッション雑誌。「秋のファッションはこれ!」という文字がそこにはある。そこには見慣れたファッションモデルがいるようだが、あまり頭に入ってこない。我関せずという風を装ってはいるが、耳は自分の意思とは無関係に声を拾う。
「くそっ、そういえばツバメは『台本』を持って行かなかったな……。こうなることがわかっていればそれ相応の対処が出来たというものを……!」
ガツン、と鈍い音が響く。今日だけで何度鷹夫が卓を叩いたことだろうか、もう一度拳を振り下ろす。
そんな父をツグミは一瞥する。「こうなることがわかっていれば」なんて言う父に内心苦笑せざるを得なかった。
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