ゲスな人気者×不器用な一匹狼

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 なんとも、下っ手くそな生き方をしているな それが彼への、始まりともよべた第一印象だった。  満開の桜が風に揺らされるたびに、ひらり、ひらり、と風に乗った淡い桃色が地面に絨毯をつくる出会いと別れの季節。世間の新入生や新社員は、やれ入学だやれ入社だの、全く新しい環境に飛び込もうとするそんな春に。今年で18を向かう俺もまた、最高学年へと繰り上がった。   ♢    横山修(ヨコヤマ シュウ)という男は、なんとも人から好かれる人物だった。 何故なら、彼は昔から様々な面で恵まれていたから。 例えば、人並み外れたコミュニケーション力。いままでの生涯、何の関わりも持っていないであろう初対面の人間が相手だろうが、彼にとっては相手の懐に入るのも造作では無かった。 美形と称されるその顔が、子供のように無邪気な笑みを乗せるだけでも、世間一般の第一印象は良好だろう。その上蓋を開ければ更に一興。巧みな話術に、相手の話に傾けられる耳、そして人懐こそうな性格。 出会って数分だといういのにも関わらず、横山を知った者の大半は彼の人柄にすっかり魅せられる。彼は、人の内側に入り込むのが上手かった。  それだけでも周りから好かれる大きな要素だというのに、横山の多才は留まることを知らず。男子高校生の平均身長を優に超す180台の高身長、文武共に器用にこなす挙句、顔面偏差値もトップクラス。そして極めつけに性格までもが良すぎるほど良かった。  そんな、高校生としても、人間としても無欠点といえる彼にとっては、人から好かれるというのは息を吸うのと同じようなことだった。  周りはいう、彼こそが自分の一番で信頼に値する人物だ、と。 皆が皆、口を揃えてこう話す。横山の、全てが大好き。 そう、みんなみんな、横山修という男が大好きだった。  それは揺るぎない事実で、昔もこれからも、彼は愛されるのが定義だった。 そのはず、だった。 ♢  進級して、もうなのか、まだなのか。すでに一週間が経とうとしていた。高校生活、残すところ最後の1年ということもあり周りは顔見知りばかりで。多分クラス変えをした意味も然程なかったと思う。 たかだかまだ7日前後しか送っていないものの、持ち前の環境適応力だかコミュ力だかのおかげで、すっかり最高学年という立場にもクラスにも慣れたわけだが。それとは別に、俺こと横山修には最近気になることがあった。  朝のHRが終わってすぐにクラスメイトが俺の机に集まるのも、すでに習慣と化していた。はよー修。おー、はよ。今日の1限なんだっけ、多分あれじゃね、数A。うわ、最悪。俺あの担当眠くなるから無理なんだよな。あーそれな。とかなんとか、いつも通りの日常会話を笑い混じりに交わしてたら。 談笑していた一人がふと笑うのを止め、視線を俺に移した。 いや、正確には俺の隣だけど。 「つーかさ、そいつ、まだ一回も学校来てなくね?」  ぽつりと溢したような声に、いままで大いに盛り上がっていた数Aの担当のあだ名決め大会が急遽見送られることとなった。 突然止んだ笑い声に、教室のあちらこちらから、ちらちらと視線がこちらに向けられる。もしかしなくともこれは、相当賑わっていたな。いまさらだけど申し訳なくなって、ごめんなーなんて苦笑いをそっと返すことにした。 反応は、まぁ、上々ということで。 「そういや、そうだな。病気か何かで休んでるとか?」 「っつか修、席隣じゃん。担任とかからなんか聞いてねぇの?」 「...いーや?特になんも」  聞いてない、と返せば以外にもあっさり「そっかー」と残念がる様子も肩を落とす姿も見せずに引いた辺り、最初からそこまで興味も引かれなかったんだろう。感心なんて元よりないはずだ。ただなんとなく、なんとなく話しの途中にふと目に入ったから、疑問を馳せてきただけなんだろうな。 だから、ほら。もうすでに違う話題に移り変わった。 .....なんつーか、可哀想だよな  確かに教室にはそいつの席があって、確かにそいつもこのクラスの一員なのに。クラスの誰からも見向きにされねぇなんて、単純に同情する。 まぁ、進級して一週間、一日たりとも顔を出さないそいつにも非があるわけだが。 ...でも、なんか 「修?ずっとぼーっとしてるけど、どした?」 「んー?…いや、なんでもねぇよ」 気になってたまらない。 「---相良陸斗(サガラ リクト)」 「...はい」  つくづく実感する。時が経つのは本当に早いもんで。進級して早一ヶ月弱、校庭の桜並木はすっかり青々しくなっていた。 結局、彼、相良君が学校に足を運んだのは、あの日ここで彼の話題が出てからの一ヶ月後。つまり今日が実質、皆との初めての対面になるというわけだ。  それにしても...。多分どこの学校も基本は変わらないであろう朝の出席確認。朝一発目ということもあって、どことなく教室に活気がないというか夢うつつというか。未だに机に寝そべって、意識を彷徨わせている方々もちらほらと。  だけど、そんなよく見る光景にいちいち取り繕うほど先生も暇ではないらしい。 俺らが1年の頃から世話になっている馴染みの担任が、一秒でも早く職員室へと戻りたいオーラを隠すこともせずに、やたらと捲くし立てるように淡々と出席名簿を読み上げていく。 そんな、いつもと同じ光景の中で。今日ばかりは、決定的にいつもとなにかが違う。  なんだろうこの違和感、なんて朝教室に来て席について、わざとらしく腕を組みながら考えてみた。途中、物耽る俺が相当珍しかったのか、わらわらと、まるでお祭り騒ぎのように集まってきたクラスメイトはまぁ、いつも通りなわけだが。 そんな中、ふと目についたのは隣の席。せっかく夢見てこの世に誕生したというのに。誰にも使われずに椅子やらに埃が被さるなんて現状に、もし席に感情があるとすれば間違いなく涙しているだろう。可哀想に。早く席替えしろ、てこいつも思ってんのかね。 …って、いやいや。今はそんなことどうだってよかった。 違和感の正体を探ろうとしたのに、見事に逸脱してしまった。思わぬ伏兵って多分こういうことをいうんだろうないやどうでもいい。 そんなことより、俺はとっととこのモヤモヤを綺麗さっぱり拭いたいわけで。もう一度真剣に思案してみるか、と再び考えに耽ようとしたとき。気づいてしまった。違和感の正体。 ーーっつか、鞄かけてあんじゃん そして冒頭に戻る。 「サガラ、くんだっけ。はじめまして、俺は横山修っていーます」 「.......」 「好きな食べ物はカレーで、趣味はバスケ。周りからも普通に修だし、相良くんもそう呼んでよ。ところで相良くんは何かあだ名とかあったりする?もしないなら、よかったら俺がつけよっか?俺、意外にあだ名つけんのセンスあってさー。今までで一番自信があったのはあれかな、中学のときクラスの担任につけた名前がさ、もう大好評で。そっからすっかり生徒同士の間で定着したんだよね。だからほら、相良くんも安心していいよ」 「.....」 「相良陸斗...陸斗...。…んー、そうだな。じゃあ、りっくんとかどう?りっくん。え、何か思ったより響きがよくて自分の才能にびびってる。やっぱ俺ってセンスあるよね?まぁ、何はともあれ、相良くんは今日からりっくんでいこう。ってことでこれからよろしくね、りっくん」 「.......ぇ」 「え?ごめん、聞こえなかった。悪いけどわんもあぷりーず…」 「っうぜぇ、っつったんだよ!!!!!!死ね!!!!!」  ....こーゆうの、なんていうんだっけ。確かツンデレ?素直になれない系男子? いやいや違くて。俺、人生で初めて家族以外の奴に死ねって担架切られたんだけど。それも初対面。なにこれ恐い。 キッ、と整った切れ長の眼で渾身の怒りを込めたような睨みに、おお...と竦みあがった。美形の睨みって、迫力あるし。あぁそういえば、よくよく見ても相良クン、もといりっくんの顔は相当整ってんな。スタイルも体格もいいし。...こりゃさぞかし、おモテになるのだろう。うん。 「りっくんてかっこいいよね。ねぇ、俺と付き合わない?」  ここで弁解すると、今のはりっくんとの距離を詰めたくて吐いた、親しみの意味を込めたただのジョークのつもりだったのだ。 だが俺の言葉は、どうやらりっくんの琴線か逆鱗か地雷かのどれかを刺激したらしい。りっくんの纏う空気が、より一層禍々しくなった。元より不機嫌そうに顰められた顔が、尚一層キツく顰められている。眼も相当まじだ。 っつかぶっちゃけ、人一人殺ってそうなくらいのオーラなんだけど 「....三秒以内に俺の前から消えろ」 「消えるも何も、俺ら隣同士なんだけど。りっくんて、もしかして意外に天然?」 ひくり、とりっくんのこめかみが引き攣る。 ーあ、やばい詰んだ 「りっくんて呼ぶんじゃねぇ!!!席が隣だろうが関係ねえ、二度と俺に話しかけんな!!!」  きーんと耳が劈くような、りっくんのドスの利いた声に。教室中の意識が一斉にこちらに集まることになった。 こちらを見ながら、にやにやと口元に笑みを浮かべるクラスメイト達に「うるせぇ」と口ぱくで伝えた後、ちらりと隣を見ると。りっくんは机に突っ伏しながらすでに夢の中。寝るの早ぇ。  彼の席は一番窓際だから、開いた窓から風が入り込み、彼の染めてあるだろうアッシュの髪をふわふわと揺らした。 .....なんか、猫みてぇ  比較的シャープな輪郭に、やや吊り眼気味の美形。近づこうとした相手に全身の逆毛を立てて威嚇して、一人にしろオーラを醸し出すとことか。 挙げれば挙げるほど、まるで彼は、誰にも懐こうとしない野良猫みたいだ。 ....二度と話しかけんな...ねぇ。初めて言われたわ、そんなこと。 距離を縮めようとして拒まれたのも、これが初めてだ。 ーーー『彼は愛されるのが定義だった』  始めは、すっかり一丸となったこの教室内で。一ヶ月遅れで教室に来たというハンデを、俺が中間をとることで彼をクラスに馴染ませようと思っていた。 けど、 もしもこいつが、俺にだけ懐いてきたら。不機嫌そうに顰められてばかりの彼の顔が、俺の前でだけ和らぐくらい、どろっどろに依存させることができたら。 ふと馳せた想像に、ぞくりと背筋が歓喜に震えた。
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