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「佐倉君……だよね?ペアいないなら俺と組もうよ」
「っ……」
びくりと跳ねた肩に、警戒心を解こうとさらに笑顔を強める。大丈夫、大丈夫。君が思っているほど怖くないぞー、だからほら。そのさっきからずぅっと俯いている顔を上げてくれ。
俺の念が通じたのか、ゆっくりと顔を上げる。そろりそろり、まるで警戒心バリバリの小動物みたい。
「…ぁ、で、でも……」
小動物ーもとい佐倉くんがおずおずと口を開く。びくびくと不安げに揺れる目に、ん?と優しく続きを促した。
「夏目くんは……お、俺でいいの…?」
びくびく、おどおど、
そんな擬音語が今の彼にはぴったりだ。どうしたらそこまで一クラスメイトに怯えることができるのだろうか。そこまで警戒されるとさすがの俺も少しむむっとなってしまう。
だけどぐっと抑え込んで、俺はとびっきりの笑顔を彼に向けた。
「うん、もちろん!」
◇
事の発端は美術教師の一言だ。
『今日からしばらくはペアでお互いのデッサンをし合ってもらう。とりあえず自由にペアをつくってくれ』
その一言で一瞬にして教室が騒がしくなる。誰と組もう、誰々一緒に組もうよ、えー誰々ペアに誘ってみようかなー、なんてもはやお祭り騒ぎだ。友達同士でペアを組む人、恋人同士で組む人、思い切って好きな人を誘ってみる人、まちまちだ。そしてかくいう俺も、ありがたいことに、多くの人に声を掛けていただいた。クラスで一番ギャグセンスの高い山本に、サッカー部のエースでイケメンの進藤、学年で一番かわいいと評判の宮本さんに、その他大勢。
だけれども俺はありがたいそのお誘い全てを断ることにした。途端に残念そうに肩を落とす彼ら彼女に背中を向けて、俺は、窓側の一番後ろの席に足を向けた。
なんだか気になった。
まるで騒がしい空気からそこだけ切り離されたように、その席はとても静かだったから。そしてそんな静かな空間の中で、ぽつん、と1人で俯いている彼のことが、なんだか無性に気になってしまったのだ。
そして冒頭に戻る。
カリカリ、カリカリ、カリカリ…
うーんどうしよう、ずっと無言。
デッサンを始めてから20分間、俺たちの間には会話らしい会話は一つもない。
ただ向かい合ってお互いの顔をデッサンし合っているだけ。俺の経験上、こういうのって何か適当に談笑しながらするものじゃないの?だってただ無言でお互いの顔を見つめるているのも気まずくならない?しかも俺と佐倉くんは何気に今回が初会話なのだから、尚更お互いを知る必要があるのではないか。先生はしばらくはデッサンの授業って言ってたし。どうせ短くない付き合いをするなら、少しでも親しくなりたい。少なくともバリバリに警戒されないくらいには。
「あのさ、」
「っ……」
小動物リターンズ。
そおっと声をかけたつもりだが、またしても驚かしてしまったようだ。
そして驚いた自分にも佐倉くんは驚いているようで、ご、ごめん…と小さな声で謝った。
「ううん。俺の方こそ、急に声をかけてごめんね。」
「ぁ……いや…べつに……」
そう言って、また顔を俯かせてしまった彼に、今度こそ慎重に声をかけた。
「佐倉くん」
「………」
「よかったら俺と、友達になってくれませんか?」
「…………ぅえ、?」
ぅえ、って。何それ。
変な声で驚く彼に思わず吹き出してしまった。
あ、だけど。顔、また見えた。顔一面になんで?と書いてある彼の表情に、ありありと困惑が見て取れて、いくらなんでも急ぎすぎたかなと少し反省をする。でもよおく見ると、彼の瞳の中には困惑以外にも別の感情も乗せられていた。期待、だ。
俺たちが友達になるかもしれないこの機会に、彼は大きな困惑と小さな期待を同時に抱いているのだ。
だとしたら。
「嫌?」
「………っ」
ぶんぶんぶん、
力いっぱい振られた首に笑顔を返した。
「よかった。ーじゃあ、これからよろしくね。佐倉くん」
佐倉くんは、こくり…と今度は縦に小さく首を振った。
今は、まだ、これでいい。だけど近い将来、俺たちの関係は大きく変わるだろう。それが友情か、はたまた親愛なのかはわからないが、再び俯いてしまった彼の頬が少しだけ赤に染まっている姿を見て俺は確信をしたのだった。
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