落花流水

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「……えっ?」 腕の中から聞こえる声に驚いたのは恭のほうだった。 「パパから聞いた」 「……」 「最初に聞いたときは意味がわからなかったけど」 今はちゃんと理解してる。 だからこそ、 「恭のそばに居たいの」 自分の身体に巻きつけられた恭の腕を両手でギュッと掴んで顔を埋める。 「恭じゃなきゃ、ヤダ」 くぐもった声はいつか聞いた台詞と同じ。 『恭ちゃんがいい!』 たくさんいる孤児の中から自分を選んでくれた彼女。 その背中には真っ白な羽が見えて――。 変わらない。 あの頃と――。 「だから、泣かないで。恭」 抱きしめる恭の腕が緩められて、詩織は顔を上げた。 詩織の首元に顔を埋める恭。 その恭の頭の上に詩織は自分の顔を重ねて、 自分の指を恭の頬に添える。 触れる涙をそっと拭って、 「泣かないで、ずっと傍にいるから」 その声に、 抱きしめる腕にもう一度力を入れた。 「病院、行こ?」 詩織の瞳から流れる涙。、 「そして、元気になって、  あたしのそばにいて」 その雫が恭の頬に落ちる。 「あたしを置いて死ぬなんて、絶対許さないから」 そんな台詞に恭は薄く笑った。 彼女はどこまで行っても『お嬢様』なんだと。 人の人生を振り回してなお、死ぬことすらも許さない。 どれだけ振り回せば気が済むんだろう? 「恭、生きたいと願って」 こんな人殺しの俺が生きていていいんだろうか? いつか、また見殺しにする日が来るかもしれないのに、 その相手はこの腕の中の彼女だというのに――。 「あたしの為に生きて――」 そういって涙を流す詩織。 頬に落ちる涙は暖かくて、優しい。 「いいよ、シオ」 恭は少しだけ顔を上げて優しく微笑む。 昔のように……。 「もしも、生き延びることが出来たら、  シオ、  君の為に生きるよ――」 この捨ててしまった命を、君が欲しいというのなら。 シオにあげる――。 そう言って涙が伝う頬にキスをして、 さらに強く抱きしめた。
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