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だから、放課後。
彬が授業から返ってくると詩織の姿は『数学準備室』にあるわけで。
「……お前ね、早過ぎないか?」
「だって約束したでしょ?」
唇を尖らせながら返ってくる声には呆れるようにため息を。
「んな、焦らなくてもあいつはあそこから居なくなんねぇよ」
「そんなの――」
分からない。
だけど、彬の言ってることは多分間違いじゃないから、詩織はさらに唇を尖らせた。
「ってかな、お前マジでテストやばいぞ? とりあえずそこからだな」
「へっ?」
間抜けな返事に彬はニヤリと笑う。
「あいつが仕事で家を出るまでたっぷり時間はある。とりあえず、ヤバイ教科のテスト勉強をやったら連れてってやる」
「――嘘つき!」
「嘘は付いてねぇ。それにここで俺はお前の担任なんだよ。『大河内』の娘が高校ごときで留年する気か?」
「――うっ」
そう言われると返す言葉も無く。
「ほれ、一番ヤバイ数学からやんぞ」
「それって、先生の教え方が悪いとか」
「本気で殴るぞ?」
こうなると完全に『宮城先生』のペースで。
「なんで、そうなんだよっ!ここはこの三角形の内心だって書いてあんだろ!?」
「だから、この角度の倍になるんじゃ――」
「んな簡単なわけねぇだろっ! 半分になるのはこっち!」
けれど『補習をしている』と鈴花に言ってるから、嘘のつけない詩織には丁度いい『現実』。
「……で、これって試験に出るの?」
「あぁ? キスして欲しいって?」
「言ってません」
「そりゃ残念」
そして日は暮れていった。
「で、できたぁ」
埋められた解答欄に詩織の頬がゆっくりと緩んで、
「はいはい、よく出来ました」
彬の大きな手も詩織の頭に落ちてくる。
「そんじゃ、行くか」
「えっ?」
「約束だからな」
「――うんっ!」
嬉しそうな笑みを見せる詩織に、彬は苦笑しつつも立ち上がった。
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