――2026年11月3日、財団法人・グローバルセキュリティ研究所

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 いや、そうじゃない、と柚奈は思う。だから私たちはこうやって新しい技術を開発したのだ、と。 だからこそ、それをどこよりも早く外国に渡すなんて、ありえない。 柚奈としてはイナンナを日本政府が買い取ると言っても驚かない、いやむしろすすんで国のセキュリティにこれを実装するべきだとまで思っている。  遠藤柊人の率いるチームが開発した次世代型セキュリティソフト「イナンナ」。 それは世界で初めて自動プログラミング技術を実装した、「生きたソフトウェア」であった。  ネットワークの中で学習し、自らをメンテナンスしながら変化し続けるイナンナに見られる可能性。 未だ世界ではその自律性に対しての不安が大きい技術だが、いずれそうせざるを得ないほど世界は複雑さを増していくだろう。 そしてその波はもうそこまで来ている。この各社からの反応が証拠だった。  机の隅に置かれた書類が束になって滑り落ちた。柚奈は「あーもう!」と苛立たしげにしゃがみこんで書類を集める。ため息がでた。 そしてきっと顔を上げて彼女たちのリーダー、遠藤柊人を睨む。  髪は直す気のない寝癖でぼさぼさ。細い身体が何枚もの重ね着でムクムクになっている。 そして丸眼鏡の奥の、いつも眠たげな淡い瞳。しかし今日はその目がどこか険しかった。 「何か問題でもありましたか?」  恐る恐る尋ねた柚奈に、柊人はPCの画面を指差した。束ねた書類を手に覗き込む。 「これは……」 「うん。今、研究所の防犯セキュリティが停止してる。それでね」  柊人はメールソフトを立ち上げた。 「そういえば昨日真帆ちゃんからこんなメールが届いてたんだ」  柚奈が「えっ」と息をのんだ瞬間、研究室の中に凄まじい光源と耳をつんざく嫌な音が飛び込んできた。  悲鳴が上がる。柊人は耳が痛いと思いながらもう一口だけコーヒーをふくんだ。そして名残惜しそうにマグカップを置く。 最期になるかもしれない一口を舌の上でころがしながら、これはどうしようもないな、と思った。
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