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明朝だ。ようやくだ。やっと、やっと……。
長かった俺の準備はもう完全に整っている。あの日から片時もあの顔を忘れることはなかった。今日、あと少しで俺は奴の顔を忘れられる。思い出したくもない……覚えていたくもないのに残り続けるあの顔を。片時も俺の脳裏から消えることのないあの身の毛がよだつほどのあの赤く歪む笑みを。内臓を引っ掻き回されたかのような吐き気からも。
一年と三か月と二週間。四百七十一日。彼女の命日に間に合わせることができなかった。
……俺にとってはあの日は命日なんて生優しいものじゃない。命日なんて綺麗な言葉で表現できるような日じゃない。あの日は、奴に彼女を永遠に奪われた日だ。ずっと一緒にいるはずだった。一週間後に式を挙げられるはずだった。そして……。
――いつもここで苦しくなる。毎日、毎日。同じところで。彼女が生きている俺にはもうあるはずのない記憶の再生。終わらない無限再生は俺の意思に関わらず繰り返される。朝も昼も夜も寝ているときも。一日中、一ヶ月中、一年中……。擦り切れることもなく、何度再生されたのかはわからない。
彼女がいなくなった日を基準にもう物事を考えたくなんてない。
彼女をこの世界から奪った奴をこの世界に残しておきたくない。
もう毎朝枕にたまっている涙と吐瀉物を味わいたくなんてない。
だから俺は彼女のいなくなった日に彼女だった物に誓ったんだ。
必ず、仇を取ると。理不尽を許さないと。どれだけ時間がかかっても復讐すると。
そう決意していた俺は何のためらいもなく奴をこの世界から排除した。恐ろしいほど簡単に。恐ろしいほどスムーズに。恐ろしいほど冷静に。
奴を抹殺するための日々はいともたやすく終止符を打った。
俺と横並びで歩いていた彼女の命を風のように切り裂いて奪い去ったあの顔を……彼女の首筋から噴き出す赤い噴水を浴びて一度だけ彼女を、俺を見たあの顔を探した。それこそ血眼に。裏道を知っていた奴をあぶりだすために警備会社に入り直し、町中の監視カメラと向き合った日々。完璧なタイミングで排除するために見たくもない奴を監視し続けた日々。そして計画を練り続けた日々。
血の滲んだあの日々は一瞬で終わりを告げたのだ。一つの想定外とともに。
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