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完璧に練りこんだはずだった。実際、完璧だった。俺の計画は最後の最後で実行されなかった。奴を排除した後、俺は何食わぬ顔でかつての日常に戻るはずだった。その手筈も整っていた。……それなのに、俺は今ここにいる。かつての日常とは程遠い、戻りたかった日々には無縁だったここに。
俺は殺人容疑で捕まった。
「彼を殺したのは君だね? これに間違いはないかね?」
「ええ。どちらのご質問もその通りです」
俺を尋問する顔見知りの刑事は至極不思議そうな顔をしている。俺は取り調べというものはかつてよく見ていたドラマのように荒々しいものだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。実にあっさりと何事もなく進んでいるように感じる。
「佐々倉さん。この事件は本当に君が起こしたのか?」
「何度も言うようですが、その通りです。俺が起こしました」
俺は何か変なことを言っているのだろうか。聞かれたことにはすべて正直に答えているから問題はないはずだ。……ああ、そうか。
「刑事さん。これは冤罪防止のための質問なのですか? でしたら、それは必要ありませんよ。冤罪なんかではありませんから」
「そうではない。佐々倉さん。あれは君が計画し、君が実行したのか? 本当に?」
「ええそうですよ」
「……君は、あのまま逃げていれば間違いなく疑われることもなかったはずだ。そもそも、この事件自体発覚しなかったはずだ」
……ああ、そういう意味だったのか。俺を容疑者として扱うにもかかわらず、いつもの呼び方をしてしまうこの刑事はそれが不思議だったのだ。コンクリが剥き出しの室内を一瞥し、俺は俺自身も不思議でならなかったそのことを尋ねた。それは本来俺自身がわかるはずの、俺自身しかわからないはずの。
「刑事さん。どうして俺は逃げなかったんでしょうか」
奴だった物がそこに転がっている。予定通りだった。彼女と同じように俺は奴の首をバイクに乗りながら掻っ切った。奴同様にヘルメットは被らなかった。返り血を一身に浴びられるように。数か月かけて必死に練習した甲斐があった。奴は即死だった。突然命を奪われた彼女よりも早くこの世界から排除することに成功した。体の奥から血が逆流してくるような感じだった。体験したことのない達成感だった。
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