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そう、そこまではよかった。それなのに、それなのにどうしてそのあと俺はそこに居残ってしまったんだろう。もう二度と見たくもなかった奴のそばに佇んでしまったのだろう。
中年の刑事はひどく顔を歪ませている。元が怖い顔つきであるために、それがどういう感情の表れであるのかがイマイチ読み取れない。その状態のまま刑事はゆっくりと俺の質問に答え始めてくれた。今まで俺に使っていた口調で。
「……なぜ佐々倉さんがあの男を殺したかは尋ねません……。あの男があなたの奥さんを殺した奴だということは裏が取れました」
刑事は苦い感情をすり潰すように続ける。今までよく見てきた顔だ。犯人をまだ見つけられなくて申し訳ありません。そう俺に頭を下げてきた顔だ。
「佐々倉さん。あなたはどうして逃げられなかったのか、と聞かれてきましたね」
「ええ」
「私からすれば、どうしてこんなことをしたんですか、どうして犯人を特定できたなら私たちに知らせてくれなかったんですかとお尋ねしたいですよ」
「それは……俺にもよくわかりません。わからないんです」
警察に、彼に伝えればいいじゃないか、そう俺も何度も思った。数えきれないほど思った。伝えようとしてここに何度も足を運んだ。捕まえてもらえばいいじゃないかと。……だが、できなかった。本当は気づいていることにふたをして。『わからない』というふたをして。ふりをして。なぜ逃げなかったのか、ということと同じように。
「――」
いつの間にか伏せてしまっていた目を彼に頭痛を催すほどの速さで向けた。その言葉は俺の目を熱くし俺の頭で心と結びついて痛みを与える。意識が遠のく感覚と激しい光が襲ってくる。
激しい朝日の中で俺の中で最後の再生をされる、あるはずのない彼女との記憶。
その記憶の最後はいつも同じだ。俺は、いつもはそれから逃げようとして彼女が殺される場面から見直す。
「もう答えは出ているんじゃないですか?」
――その通りだよ、獅子崎さん。もうとっくに気づいてたんだよ。もう答えは出てたんだ。俺がずっと目を逸らしてきただけなんだ。ふたをしてきただけなんだ。死んだ彼女はもう何も語らない。繰り返されるあのラストは俺なんだ。悲しげに真っ白なドレスを着た彼女は俺なんだ。真っ赤に染まったタキシードを着る俺を見るあの彼女は。
『シュウ。私が結婚したかったのは、こんなあなたじゃないよ』
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