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駅構内から外に出ると、抜けるような空が青く染まっていた。
駅の上に掲げられた看板に岩美市の文字が見える。
人口10万人程度の岩美市は、政令指定都市であるS市から列車で一時間弱の中級都市……いや、都市と呼ぶには申し訳ない程度の田舎町かもしれない。
「淳平、なにボケっとしてんだ。行くぞ」
不意に名を呼ばれ、霧咲淳平は慌てて荷物を抱えた。
すでにロータリーへと歩き出している母、零子の後を追う。
「駅前だってのにあまり人がいなくてびっくりしたか?」
「まあ、ね」
確かに、夕暮れ時の駅前にしては人影も少なく、行き交う車もさほどではない。つい先日まで住んでいたS市に比べると圧倒的に人が少ないのが見て取れた。
「昔に比べて、更に人が減っているような気もするなぁ」
そう告げる零子はこの町の出身だ。懐かしそうにあたりを見渡している。
淳平も小学校の二年生まではこの地で暮らしていたため、故郷といえばそうなのだろうが、正直言ってそこまでの思い入れはなかった。
「急な転勤で悪かったとは思ってるよ。でも、お前も懐かしいだろ?」
「住んでたのはガキの頃なんだから、あんまり覚えてないよ」
「今だって十分ガキだっつの。お、ちょっと待ってろ。タクシー拾ってくる」
豪快に笑いながら通りへと駆けていった零子の背中を見送り、再び一人で岩美駅の周辺を眺めていると、駅前の商店街のあたりに何やら人だかりができているのに気付いた。
事故か、事件でもあったのだろうか?
そうかと思えばすぐにサイレンの音が響いてきて、駆けつけた救急車から数人の救急隊員が降りてきた。
隊員たちは足早にアーケード内にある一軒の店へと入っていき、すぐに担架を担いで出てきた。
運ばれている人物までは見えないが、野次馬たちの騒ぎようから察するに、怪我を負っているらしいのはわかる。
「またか……」
ふと、呟くような声がした。
いつからそこにいたのかはわからないが、一人の少女がそこにいた。
淳平と同じように、人だかりの方をじっと見つめている。
その横顔からは、なにか尋常ではない強い感情が見て取れた。
もちろん、それが何なのかはっきりと例えることはできないが。
その少女の姿は、どういうわけか不思議と淳平の視線を釘付けにした。
それは今目の前にある人だかりなんかよりもずっと強烈だった。
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