32人が本棚に入れています
本棚に追加
千里の目は人より遥かに遠くまでを見る。
耳も、鼻も山の獣のようによくきく。
千里の感覚が捉えた先の人波が割れて、いかにもゴロツキと言った風の男達の姿が見えた。
歌舞いた格好に似つかわしくない上等の絹の風呂敷包みを手につかんでいる。
色からすると女物だが、どこの奥方から奪い取ったものなのか。
ぐっと眉を寄せて怖い顔を作った千里を見止めた男達は血走った目で千里に怒鳴った。
「どけ!餓鬼!!」
通せんぼの位置で仁王立ちする千里は身じろぎもせずに言い返す。
「誠心誠意断る。」
千里が初めて京へ来たのは半年と幾月か前、その時は組織に入るか死ぬかの選択を迫られた。
千里にはそもそも生まれた理由である程の役目がその身にあったから組織に居る気も死ぬ気も無かったが、組織は千里の知らないうちに千里の姫を匿ってくれていた。
あくまで利害の一致から所属することになったけれど、いつの間にか組織は千里の家になった。
やがて一人歩きの許された千里に、下された条件は三つ。
一つ、手に負えぬほどの事件に関わる可ず
二つ、死す可ず
千里は鬼の副長の言葉をなぞって腰の刀の柄を撫でた。
母が最期に託してくれた愛刀は今では無いと落ち着かないほど千里の身体の一部になっている。
遠目ながら千里の刀に気付いた男が警戒してタタラを踏んだ。
これでは間合いに届かない。
意外に賢い判断に、千里は内心で眉を上げた。
三つ…
「…三つ…無暗に抜刀する可ず!!」
強く腕を振ると、袖に隠した籠手から鉄針が取り出せる。
握った二本のそれを一気に放つ。
矢の速度で飛ぶ二本の鉄針は正確に的を捉えた。
「ぎゃあぁあ!!」
一本は男の膝、もう一人には腿に当てた。
走れなくはないけれど、すごく痛いところだ。
大袈裟に呻く男達に歩み寄った千里は、腰の革帯から抜いた小太刀を男の喉元にピタリと寄せた。
情けない声を立てて男が息をのむ。
最初のコメントを投稿しよう!