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沖田 総司が言うには、つい先ほど八番組と、それに同行していた千雪とすれ違って言葉を交わしていたのだという。
沖田からは姫の陽だまりのような良い匂いがすると言ったら、鼻が良すぎてむしろ怖いと笑われたが、生来のものだと口を尖らせた。
しかし今日の巡察もつつがなく進行しているようで一安心だ。
千里の主である千雪という姫は、幼い頃の記憶を無くし、自らが何者であるか覚えていない。
身分も、里の事も、それから千里の事も。
この京で再会した時にはひどく寂しかったものだが、人の世で生きる姫を見てそれでも側に居られるならいいと今は思っている。
たとえ姫が忘れてしまっても、千里の中に思い出はあるのだからそれで充分なのだ。
一安心した千里はその場を辞して園の元へと歩み寄った。
そろそろ帰らなければ。
園と共に沖田達一番組みに挨拶をして園の家へと歩き出す。
のんびり歩いて行けばちょうど良い時間だ。
園の家は老舗の菓子屋で、夏の終わりに園の父親を辻斬りから助けた事からこの縁が始まった。
花街からの帰りに辻斬りに会ったところをたまたま夜の散歩中だった千里が助けたのだ。
そこから大騒動を引き起こすに至ったのだが、結果としてこの少女に出会えたのだから千里としては儲け物である。
…なんて口が裂けても言えないが、思うだけなら…である。
歩く道すがら周りに目をやれば昼間から酒をくらう男たちの姿がよく目についた。
ー増えてきた…
それは様々な藩の浪士達が京に集まってきているということ。
それぞれの腹にはそれぞれの思いを抱えて…。
何気無く握った園の手は、初めはビクリと固くなったけれど、やがておずおずと握り返してくれた。
好きにはさせない。
ー指一本でも触れてみろ、喉元を掻っ捌いてやる…
ぐっと眉根を寄せて、千里は園の家へと足を早めた。
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