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「しかし将軍が京に来るだなんて園さんはよく知ってたんだね」
湯呑みでじんわり手を温めながら千里は園に言った。
聞き流していたとはいえ千里ですらはっきり把握していなかったような事を、町娘である園が知っているとは…
「ウチは老舗ですから、噂話は向こうの方から寄ってくるんです。」
のほほんと答えた園は、僅かに頬を染めて視線を落とした。
「それに、きっと千里さん達に関わりがあることだと、よく耳についてしまって…今日どこで巡察を見たとか、捕り物があったとか…」
「それは…」
千里はいよいよそばかすの浮いた頬を赤く染めた園を見て、それはちょっとストーカー寄りになって来てやしないだろうかとの思いを飲み込んだ。
千里達の動向なら千里よりよく知っていそうだ。
しかし千里たちの組織の評価は余所者の上に乱暴者の札が付くほどで、余所者を嫌うこの都に置いては鼻つまみもいいところなのだ。
あまり入れ込むのは感心しない。
「でも園さん、気持ちは嬉しいけれど、あまり千里達の肩を持つようなことをしてはいけないよ。噂は案外火の無いところにも立ってしまうものだから…」
千里達の味方であろうとしてくれるのは心から嬉しいけれど、園まで後ろ指を刺される思いはさせたくはない。
「ありがとうございます、千里さん。でも私は私の思うままに生きたいのです。」
今までの少女の言動からは思いもつかないような強い意思を持った瞳に、千里は眉を上げた。
「…ありがとう、園さん」
その思いを持っていてくれるだけでどれほどの支えになることだろう。
この人に出会えて良かったと、千里はただ感謝した。
「!」
通りの向こうへ鋭く目をやった千里は僅かに腰を浮かせた。
「千里さん?」
「園さんすまない、ちょっと文太を抱いていてやってくれる?」
そう言って膝の上の猫を園に託すと、怪訝な顔のそのに笑顔を向けてから通りへ出た。
いつものように賑わう通りのど真ん中で仁王立ちした千里を、何事かと店のもの達が見ている。
そう遠くはない。
焦りの濃い呼吸と乱暴な足音が近づいて来る。
一人、二人、だけか…。
千里は通りを見据えた。
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