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荒れた山肌を、真夏の太陽はじりじりと焼き焦がしている。雑草も生えないほど高い山の峰に小さな人影が一つあった。
岩場の影を縫うようにして、小柄な人影が坂道を登っていく。
土色の民族衣装で、太陽光線から身を守るためフードですっぽりと頭を覆っているが、その緩やかな胸の膨らみでこの人物が女性だと辛うじて分かる。
彼女が背負った網かごは、溢れんばかりに青草が詰められている。
ちょうど、峠に差し掛かり、灰色の岩肌に腰掛けた彼女は、遥か彼方の水平線を見下ろしてため息をついた。
この山の麓に広がる、“ヴィールス・プルクルス”の森には人間は住めない。何故なら、この針の様な葉を持つ木々には毒があるからだ。それも、致死性の猛毒だ。
しかし、夜になると青白く発光するこの森はとても美しい。
彼女はこの森を一望できるこの場所が好きだ。
村の掟では、人間はこの森に近づいてはいけない事になっているのだが……、彼女は夜になるとこっそり村を抜け出してよくここに来ていた。
「鳥は良いわよね、自由に空を飛べて。」
小鳥のさえずりを聞きながら、彼女は一人目を閉じてそう呟いた。
この山に住む、極楽鳥の虹色の羽を思い浮かべ、彼女は鳥達と一緒に空を舞い踊っている自分を想像していた。
木々がざわめいて、一瞬、ぴたりと周囲の音が止んだ。
突然、体の重心が失われ、下半身が宙に投げ出された。
途端に、耳が痛くなるほどの冷たい風が全身を通りぬける。
突風でフードがめくれ、短い彼女の短い銀髪は一瞬にして乱された。
そこでやっと彼女は目を開けた。目が痛い。
えび反りになった彼女の体は、どんどん空高く昇ってゆく。
逆さになった空には太陽。
重力に耐えられなくなった頭が後方へ投げ脱され、緑の絨毯の中にあるへそのように盛り上がった岩肌が見えた。あれは山だ。
眼下に森を流れる青く澄んだ大河が見える。
「ひゃっ。」
さっきまでいたはずの地面がどんどん遠くなっていく。
鼓膜が破れそうな風の音の中から、唸り声が聞えて来た。
顔を上げれば、そこには牙から涎を垂らした恐ろしい魔獣の顔。
赤い炎を全身に纏った、炎虎。“フレイム・タイガー”だ……
自分の顔ほどある大きな爪に腰のあたりを鷲掴みされている。全身が熱い。
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