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こんなにも森から離れた所に魔獣がいる事なんて有り得ない……
彼女の思考は、服に燃え移った炎が体中を包むにつれ、真っ白になった。
肉が焼かれる痛みに身をよじるも、爪は一層強く彼女の華奢な胴に喰い込む。
声にならない叫びを上げながら、銀髪の女は魔獣の爪に虚しく拳を叩きつける。
小さな砂山の様な山頂にある村が見えた時、彼女は母の言葉を思い出した。
"森には魔獣が住んでいるから、寄り道はだめよ。急いで帰っておいで。"
「ごめんなさい、お母さん……
私、悪い子です。熱いよ、痛いよ、死にたくないよ……」
涙と苦痛でぐしゃぐしゃになった顔を歪ませ、彼女は目を閉じた。
「神様……、どうかお助け下さい……」
その時、眼下の森の中で何かが光った。何本もの光の矢で胴を貫かれた魔獣が悲鳴を上げる。
すると、森の方から青白い何かがこちらに向かって猛スピードで飛んできた。
突如、体にものすごい衝撃を感じた。背筋に電流が走った。
力を失った両腕は宙に放り出された。
火傷で感覚の無くなった自分の体が、背中の辺りから魔物ごと巨大な何かで串刺しにされている。
それは冷気を発する氷塊だった。
青白く光る氷塊は、魔物の体に触れた所から蒸気を発し溶け始めた。
女は嗚咽と共に大量の血を吐いた。
鮮血は風に乗って森へと流れ落ちて行く。もはや考える余力はなかった。
不思議な事に、蒸気が触れた所から、魔物の体がどんどん氷に侵食され、氷が全体を覆ってゆく。
火傷を免れた彼女の顔も冷気に包まれていった。もはや痛みは感じなかった。
輝く冷気は、舞い踊るように彼女の体を撫でる。
彼女は、ゆっくりと目を閉じた。
彫刻のような彼女の白い顔は、分厚い透明な氷の層に包まれた。
断末魔を上げた魔物が楕円形の氷塊となって落下していく。
魔物の腕の中の女の体は完全に氷漬けになっていた。
こうして、氷の彫刻は、禁じられた森へと落ちて行ったのだった。
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