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和子は一人、台所で洗い物をしていた。隣のリビングのテレビは点けっぱなしで、お昼のワイドショーのニュースを流していた。普段から省エネとかと口うるさい夫の敏治がいたら、間違いなく彼女に文句を言っていただろう。
けれど、和子はそんなことを気にも止めず、鼻歌を謳いながら耳であちこち、ニュースを聞いていた。それというのも敏治は、ここ数日、家を空けているからだ。会社の関係で単身、出張に行っているので、今、この家には和子しかない。誰にも自分がしていることを咎められることなく、好きな作業をすることができた。
しかし、彼女が鼻歌を謳っているのには、もう一つ別の理由が存在した。
ジリリリ。
リビングの電話機が鳴った。呼び出し音を聞いた瞬間、和子はドキリとして思わず、洗っている途中の食器を手から滑り落としてしまった。幸い、食器は壊れることなく流し台に鈍い音を響かせただけですんだ。彼女は出しっぱなしの水道の水についた泡を洗い流すと、タオルで手を拭き、リビングへと向かった。
その間、呼び出し音は二、三回鳴っては切れを三回ほど短いサイクルで行っていた。これは、合図なのだ。
「もしもし?」
『オレだ。Gだ』
電話の相手の声を聞き、和子の緊張は高まった。彼女は、電話の相手である人物Gという名をしっかりと覚えていた。
二、三回の短い呼び出し音を三回かける。これは、Gからの連絡を示していた。
このGなる人物を和子は忘れることはなかった。何せ、彼女はこのGに夫である敏治の殺害を依頼したからだ。Gは殺し屋なのだ。
今時、殺し屋なんて信じられなかった。始め、その噂を耳にした時、和子は何かの冗談かと思った。しかし、彼女はすぐに、その殺し屋が本物であることを思い知らされた。
Gはデモンストレーションとして、過去に自分が依頼された殺しの内容とこれから行う殺しを和子に見せた。殺し屋といっても、Gの専門は狙撃手ではない。よく勘違いされるが、彼は事故によっての殺しを得意としていた。何故、事故専門の殺しなのか。理由は簡単だった。殺人だと分かる行為ではいずれ、依頼人に足がついてしまう。また、自殺に見せかけたやり方では保険金が下りない。全ては世の中にニーズに合わせた手法なのだ。
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