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すっかり日も短くなってきた。
『暑さ寒さも彼岸まで』とはよく言ったもの。先人は素晴らしい事を考えていたものだ。
維新も落ち着いて日本国となってから西洋文化花盛りだ。維新後に興した店の方も軌道にのってきた。珍しい食べ物には東京の人間も目が無い。東京で評判を呼んで、今度は地方からわざわざ牛鍋を食べにくるほどになった。大繁盛である。
それにしても商才のある方だ。帳簿の方も店の使用人の事も、万事心得ていなさる。それにがめついし・・・(笑)
材料も農家から一手に引き受ける代わりにかなり買い叩いておいでだった。御身は決して大きくはないが、凛として筋の通ったお方だと思う。男として尊敬している。
元お庭番、疾風はネギを運びながらあの方の事を考えていた。
あの方とは・・・江戸の世の時に仕えていた篠山征鷹様だ。
明治の世になって、殿はご隠居され東京の屋敷に来られ、殿の唯一の想い人である征鷹様も、殿と共に江戸屋敷、今の東京にいらしゃった・・・現在は一緒に住まわれている。
夜伽の任は解かれたものの、殿の寵愛は変わりなく、ブツブツと文句を言いつつ殿に尽くしておいでだ。
外様大名であった殿は、子爵家の家督を跡目に継がせ、今は隠遁生活を送られている。屋敷に童など集め、剣術指南や寺子屋のような事をされているが金儲けのためではない。どちらかというと征鷹様の紐のようなお暮らしぶり。
金子(きんす)は国元からと征鷹様の店の売り上げでお暮しを立てて、それなりの生活をされている。けして豪勢とは言えないものの元大名としても品格はお持ちのままだ。
当然、殿のお庭番である私たち兄弟、兄の壱風と征鷹様付きの私は任を解かれた。しかし、新しい世になったからといって帰る故郷も無く、そのまま征鷹様の計らいで、御商売の使用人として働かせていただいている。
そして寝所は殿の屋敷・・・夜はお庭番もかねて住み込むこととなった。
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