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店を閉めたのは夜半とうに過ぎた頃。
「ただいま戻りました」
小声で言って部屋に向かおうとしたら、兄の壱風が突然現れて耳打ちした。
「今日は北の渡殿から戻れ」
こう言う時はいつも征鷹様が殿に抱かれている時だ。いまだに慣れない・・・なぜだろう。
もともとあの方は殿の御寵愛を一身に受ける御身である事はわかっているのに・・・心の中がいつも平静でいられない。
厠に行った時あの方の淫靡な、そして艶やかな吐息や、喘ぎを耳にした事があった。昔、殿に命じられて一度だけ寝所にいきあの方を組み伏せた事がある。
その時、あの方を愛撫する様に命じられた。あのときの甘美な思い・・・今も忘れる事が出来ない。
殿もお美しいお姿で、お似合いのお二人だと思う。
しかし、その時の睦言を終始見せつけられたことは衝撃であった。
あまりにも美しく、官能的で・・・あの方を組み伏せて愛しているのが自分であればと、今でも不埒なことを考えずにいられない。
その後、湯殿で情事のあとを流されていた征鷹様は、私に見られてことを恥じておられて・・・悲しい顔をされたのを今も鮮烈に思い出される。
思わず愛おしく思って抱き締めてしまった。あの屈辱に震えるあの方の様子が痛々しかった。
殿は大名家にお生まれながら、武将というよりは千両役者とも思えるほど類まれなる容姿端麗にて、男の私でさえため息をつく美しさだった。
一方、征鷹さまは当時ごく普通の少年であられて、なぜ殿が執心されるのやらと周りの家臣たちと同様、私もそう思ったものだ。
征鷹さまの御庭番となった時も、男の身でありながら殿の寵愛を受けるなどさぞ女々しく媚びているのだろうと内心軽蔑していた時期もあった。
しかし、仕えているうちに、男気があり人を身分で差別することないお人柄であること、好いた女子がいたこと、お父上との確執・・・あの方のさまざまな顔を見るにつけ、尊敬もし同情もした。
その同情がいつしか抱いてはいけない思いにかわっていった。同じ屋敷の下に暮らすと城と違ってすぐそばに征鷹様がいる。どうしても身近かにあの方を感じてしまって振動の高鳴りを押えきれない。
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