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「じゃ、行ってくる」
玄関。
靴を履いた息子が座り込んでいた腰を起こしながら素っ気の無い声音で言う。
まださっきまでの苛立ちが胸中に残存してるのだろう、ムスッとした不細工な表情を未だ継続中だ。
「車とかに気を付けてね。あと、携帯弄りながら歩かないように」
そんな生意気で親不孝な息子に、私はいつも通り注意を促す。昔から通学中、下校中の学生の交通事故は後を絶たない。ニュースでも一日に一つは見るケースの事故だと思われる日常茶飯事な事故。
だからこその心配。だからこその注意の促し。どれだけ生意気だって、私の息子だから心配するのは当たり前なんだ。
だけど、
「はいはい、わかったわかった。ホント口開けば説教だな」
「なっ!? あんた――!」
「はいはい行って来ま~す」
ガチャンと。
軽々しい態度を吹かせて、颯爽と出て行った息子の開けた扉の閉まる音。心配したが故のしつこさだというのに……。説教というよりも、無事を祈っての言葉だと言うのに……。
――――やっぱり、生意気だ。
「…………ま、今に始まったことじゃない……、か」
膨れっ面をしていた頬を、気の抜けた息と共に収縮させ、元の表情へ戻す。
そう、今に始まったことじゃない。前々からそうじゃないか。
――息子が生意気なのも。
――夫が他人事なのも。
――いつも責め立てられるのが私だと言うことも。
全ては今この時、この瞬間に始まった出来事ではなく、過去から続く変わらぬ理不尽ではないか。
そんな事を考えていると、当然のように溜息が洩れ出る。
歯でも磨こう。そう思い立ち、私は洗面器の前に立つ。
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