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  不破朱華(ふわ はねず)はその日、サークルの同期四人と共に紅葉狩りへ赴いた。 山形県、奥山寺遊仙峡、面白山紅葉川渓谷の絶景を巡り、夕食は経費の関係でファミレスになってしまったが、久々の小旅行、非日常に疲れた心が潤ったような、満ち足りた気持ちで帰路についた。 運転手の雲川悟(くもかわ さとる)とは付き合って一年になる。最近どうしてかつまらない喧嘩が絶えなかったが、この小旅行を通して何となく、元通りになれた気がしている。 企画人である星満流(ほし みつる)と本多数馬(ほんだ かずま)に感謝しなければならない。きっと朱華と悟に気を遣って、わざわざ日帰りのゆったり紀行を企画してくれたのだ。 高速のインターへと向かうべく、細い山道にさしかかった時の事だ。太陽はまさに山の向こうへ飲み込まれ、視界を流れる鬱蒼とした木々の向こうに、底知れぬ黄昏色が幽玄たる暗闇を抱え込んでいるようだった。 「うわっ!?」 不意に悟が、小さく悲鳴をあげた。次いでゴトンと小さな揺れ。踏み込まれる急ブレーキ。 「うっ……!!」 襲いかかる加速度とシートベルトの板挟みに遭って、息が詰まる。後部座席の星と本多からも悲鳴と文句が漏れた。 「どうしたの、悟?」 「今、何か轢いた」 「え……」 途端に、先ほどの揺れが妙に生々しい感触を纏って、ぞっと背筋を撫でられるような気がした。嫌な予感に思わず後ろを振り向けば、 「マジかいな悟、何轢いたんや」 「見てみようぜ」 星と本多が嬉々として後部座席のドアを開ける。気は良い連中なのだが、悪ノリと野次馬根性が玉に傷だ。 「お、おい……」 悟の制止もむなしく、バタンバタンと車体が揺れる。悟も溜め息を吐いてから、運転席のドアを開ける。取り残されるのが無性に怖かったので、朱華もおずおず助手席のドアを開いた。 東北の晩秋、山道の夜空は想像以上に冷たかった。西の山裾にうっすらと残る赤銅色も何のその、澄み渡った大気の彼方は既に無数の星々によって埋め尽くされている。 薄暗い足元を吹き抜ける氷水のような風に奥歯を鳴らしながら、朱華は恐る恐る歩を進める。 星と本多が用意周到に懐中電灯を持ち出して、今しがた轢いたばかりの新鮮な動物の遺体を、照らしているようだ。 「何、だったの?」 声は寒さに震えていた。悟は既に目を背けている。 「おう、ハネちゃん。見てみろ、やべぇよ……」  
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