第1節 潜入捜査

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 王立国家憲兵庁の方から、潜入後に実行するよう出された指示は三つあった。一つは、アジト周辺の警備の状況を把握して連絡すること、もう一つは悪用を防ぐために違法作物やその種を処分すること、最後のひとつはボス級の人物の口から犯罪に関与していることを聞き出すことである。これらを全てこなしてはじめて、司法取引の成功とみなされるという話だった。 エージは別室でアルルーナと再会した後、憲兵庁の職員から指令に必要な装備を手渡された。  「こちらとの連絡は、水晶玉通信で行うことにしたいが……ホーフマン君はできるか?」  職員がエージに尋ねた。エージは気まずそうに首を横に振った。  「やり方自体は学校で教わったんですけど……俺には無理でした」  職員は少し困った顔をしたが、アルルーナに水晶玉を託して言った。  「恐らく、エステルルンドさんの潜在能力なら可能だろうね。これを預けるから、彼からやり方を教わってくれ。それと、連絡は必要最低限にな」  アルルーナは黙って指示を受けた。職員が続けて妙な形の乾燥植物をエージに手渡した。  「これがなんだかわかるか?」  エージはやはり頭を横に振った。  「レコード・グラスの果実だよ。別名は蓄音草。特定魔法花卉類だから知らないかもしれないけど」  職員は実演のために一つの果実を強く指で弾いて、胸ポケットに格納した。そこで唐突に職員がエージに向かって世間話を始めた。  「それにしてもホーフマン君、今日はいい天気だねえ」  「え? この部屋窓がないからわかりませんけど……」  エージの率直な返答に苦笑しながら、憲兵庁職員は咳払いをして胸ポケットの果実を握りつぶした。 エージが呆気に取られていると、職員は握りつぶした果実から白い種子を取り出して、再度弾いた。すると、種子から先ほどの職員の声が聞こえてきた。  “ それにしてもホーフマン君、今日はいい天気だねえ ”  “ え? この部屋窓がないからわかりませんけど…… ”  「わかったかい。レコード・グラスの果実は、振動を与えると周囲の音を一定時間記録する性質があるんだ。これを使って、犯罪教唆の証言を確保してきてほしい」  エージは刺激を与えないようにそっと果実を受け取った。  「さてと、特に質問がなければ早速潜入を開始してもらいたいんだが……大丈夫そうかい?」
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