第1節 潜入捜査

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 憲兵庁職員が二人を見回すと、エージが思い付いたように手を挙げた。  「あ、すいません、潜入期間って長くなってもいいんですか」  「そうだな……本来なら火急的速やかに指令をこなして欲しいところなんだが、ホーフマン君の場合はマンドラゴラ栽培の名人という触れ込みで接触を図る以上、それを任されることは避けられないだろうからな。じっくりと腰を据えてやって構わないよ」  職員がそう答えると、エージはダメもとで願い出た。  「それなら、持ち込みを許可していただきたいものがあるんですけど……」  秘密裏に勾留審問施設を出発したエージは、アルルーナの案内で一路血紲盟友会の本部へと向かった。行き交う人で賑わう王都の繁華街を抜けると、そこには華やかな王都のイメージに似つかわしくない裏びれた一画が広がっていた。  「王都にもこんな場所があったのか」  その区画に足を踏み入れたエージは、物珍しそうに視線を辺りにキョロキョロと走らせた。  「いかに素晴らしい君主がいたとしても、貧富の差は生じてしまうものですよ」  アルルーナがそんな景色を見慣れた様子で、淡々と言った。  「それより、ごめんなさい、エージ。こんな危険なことに巻き込んでしまって」  「いいって。ルーナも早く自由になりたいだろ」  申し訳なさそうに目を伏せるアルルーナを、エージは空元気を出していたわった。審問中に彼女の秘密を知ってしまってからというもの、当初は彼女に対してぎこちなく接していたエージだったが、こうして言葉を交わしていくにつれて、次第に元の調子で接することができるようになっていた。  スラムのような住宅街を通り、黒魔術師のうろつくいかにも怪しげな市場通りを抜けて暗い路地裏を進んでいくと、やがて二人は立派な門構えの屋敷に辿り着いた。  その屋敷の大きさ、敷地の果てしない広さはエージに、故郷で見た領主の城を思い起こさせた。ぐるりと巡らされた塀の回りには所々に屈強な警備員が配置されているようで、屋敷は非常に物々しい雰囲気を醸し出している。  アルルーナは小声でエージに目的地についたことを伝えると、一点だけエージに事前通告をした。  「すみませんが、私はここから『組織の構成員』として振舞わせていただきます。言動が幾分か攻撃的になりますが、ご容赦くださいね」
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